決裂
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「交渉決裂か、残念だぜ」
「こ っ ち も ざんねん」
俺のたどたどしい話し方では邪魔になるだけだと思い、今まで口を挟まなかったが、最後にそれだけは言っておいた。
「この中で、ハッコン。お前が一番欲しかったんだがな」
「ハッコンは、うちとずっと一緒にいるの。誰にも渡さないんだからね」
愛の告白の様にも取れるが、ラッミスはそんなこと微塵も考えてなさそうだ。思ったことを素直に口にしただけだろう
「団の仲間の愚行を止め、正しき道に導くのも聖職者としての務め。我が武器で頭を小突いたら、正気を取り戻すことでしょう」
「死ぬ死ぬ」
紅白双子が頭を激しく左右に振っている。こんな状況でも、余裕を感じさせるやり取りだ。
「考えを改める気は……ないのですね」
「くどいぜ、ヘブイ。説得しねえんじゃなかったのか。んでよ、お前ら俺たちを大人しく行かせる気はないのか。お前たちを傷つけたくないんだがな」
「それは理解していますよ。断った我々を排除したいのなら、一人ずつ話を持ちかけて断ったら殺せばいいのですから。全員一斉に話すメリットが、そちらにはありませんからね」
「じゃあ、黙って見逃してくれや」
「人殺しを平気でするような輩にホイホイと付いて行く、愚かな仲間を放っておけるわけがありませんよ」
ヘブイが言うまで気づいていなかった。そうか、この人たちは交渉が決裂しても、俺たちをどうこうする気はなかったのか。
両者が武器を手に睨み合っている状況だが、この人たちは本当にここで殺し合いを始める気なのだろうか。つい数分前まで仲間として共に語り合っていたというのに……。
「そちらが武器を捨て降伏して、大人しく牢屋にでも入って靴も渡すのであれば、怪我をさせるつもりはありません」
「靴も牢屋も勘弁してほしいところだ」
二人の会話を耳にしながら状況を再確認する。
この部屋は天井も高く広い。全員が戦えるだけのスペースはある。
相手はケリオイル団長、フィルミナ副団長、紅白双子の四人。
こっちは、ミシュエル、ヘブイ、ラッミス、シュイ、俺、そしてヒュールミの五人と一台。
ヒュールミは戦力外なので四対四プラス一台ということになるのか。
俺の見立てだと、純粋な戦闘力ならミシュエルはケリオイル団長より格上だと思う。ただ、経験の差があるから油断はできない。
副団長の魔法は厄介だが、シュイが牽制するなりして攻撃に参加させなければいい。
問題は紅白双子だがヘブイ一人で彼らを凌げるのか……実際の強さが未だに把握できないので、何とも言えないところだが。
あとは、ラッミスを戦いに参加させるべきかどうか、そこが問題だ。彼女は怪力を完全に制御できていない。その状態で彼らと戦うのは危険すぎる。
万が一、力の制御を間違えて誰かを殺してしまったら、立ち直れない程の傷を心に負うことになるかもしれない。
ただでさえ、戦いにくい相手に手加減の程度も難しいだろう。でも、大人しく何もせずに黙っていられるラッミスじゃないのは重々承知している。
彼女が戦わないで済む理由があれば……そうか!
「し ゅ い と」
「あ ね ご」
「こ っ ち に」
非戦闘員であるヒュールミとシュイも〈結界〉内に入れることにより、ラッミスが動けない状況を作りだせばいい。
俺が〈結界〉を発動したのを見て、直ぐに悟った二人が駆け寄ってくる。
「ハッコン、助かるっす!」
「ちょっと待て、姉御ってオレのことか!?」
あ、ヒュールミがこめかみをぴくぴくさせて、口角が吊り上がっている。
まずかったか、今の呼び名は。ヒュールミって呼ぶことができないから、咄嗟に似合いそうなのを考えたのだが。
「す ま ん で す」
「もうちょっと、ほら、他にあるだろ……可愛げのある呼び名がよ」
顔を背けてぶつぶつ呟いている。そうだよな、ヒュールミだって女性なのだから、もっと相応しい呼び名を考えておかないと。
「い り く ち に」
「い こ う」
「ああ、入り口に陣取って逃がすなってことか」
「そういうことね。うん、わかった」
唯一の出入り口に俺たちが移動することにより、団長側は逃げ道を封じられた。
だが、こうなるとミシュエルとヘブイで団長と紅白双子に対応しなければなくなる。シュイは副団長の動きを封じる役目があるので、前衛の戦いに手を出す暇がない。
未だに両者睨み合っているだけで、お互いに様子を窺っている。敵対関係になったとはいえ、本気で戦う踏ん切りがつかないのか。
何か切っ掛けがあれば壊れてしまう危ういバランスだが、今のところその一歩が互いに踏み出せない。
話し合いで解決するのが最良なのはわかっているが、俺の会話能力で説得するのは無理がある。
「俺たちは別に人を殺したりするわけじゃない。ダンジョンを攻略する為に、冥府の王を利用するだけだ」
「相手も同じことを思っているのでしょうね。お前たちを利用したら切り捨てようと」
「だろうな。でも、俺たちは出し抜いてみせる。どんな手段を使っても、こいつに当たり前の生活と健康を与えてやりたい」
話は平行線をたどっている。どんな言葉を用いても団長たちの考えを覆すことはできない。
硬直状態かと思っていたのだが、摺り足でじりじりとミシュエルとヘブイが間合いを詰めている。
団長と紅白双子も少しずつ前へ前へと移動しているな。このままだと、残り数歩で互いの間合いに足を踏み入れることになるぞ。
「交渉決裂ってことで、やるかっ!」
「いいぜ、オヤジ!」
先に大きく動いたのは団長たちだった。
真っ直ぐ突っ込めば団長とミシュエル。ヘブイと紅白双子が戦う流れだったのだが、団長はヘブイに双子はミシュエルへと交差する様に走り込んでいく。
「俺はヘブイとやらせてもらうぜ」
「団長直々の御指名とは光栄ですよ」
両手に構えた短剣が交互に突き出され、それを棘のついた鉄球で弾いていく。
団長の攻撃が鋭く苛烈でヘブイの方が押され気味だが、両手に一本ずつ武器を構えているおかげで何とか凌いでいる。
「やっぱ、接近戦も強えなお前は」
「いっぱい、いっぱい、ですけどね」
短剣を防ぎ弾き、時折、蹴りも繰り出し、団長の猛攻を防いでいるが相手の方が一枚上手のようだ。法衣が切り裂かれ、浅い傷が体や頬に走り、鮮血が飛び散っている。
まだ、暫くは耐えそうだが楽観視もできない状況だ。〈高圧洗浄機〉に変化して手を出すことも考えたが、激しく動き回っているので団長だけを捉えられる自信が無い。
あっちの戦況はどうなっている。
ミシュエルは二対一でも負けてない。むしろ、戦況は有利か。
二人のコンビネーションに手を焼いているようだが、大剣の一振りを喰らうだけで戦闘不能に陥ることを理解して、紅白双子が攻撃されることを極端に恐れている。
常に正面にはリーチの勝る槍を得意とする赤が陣取り、後ろや側面に白が回り込み相手の集中力を乱そうとしているようだ。
「うわーマジ怖え! 当たったら即死ぬぞ」
「赤が死んだら、前にナンパした女もらってやるから、安心しろ」
「殺したくはないので、降参してくれるとありがたいのですが」
軽口を叩きながらも戦意の衰えない双子に降伏勧告をしているが、その首が縦に振られることはない。
実力差はあるが手加減をしてねじ伏せるのが難しいのか、相手を倒すまでには至っていない。殺していい相手なら、直ぐにでも勝負が尽きそうだが、攻めあぐねているな。
ミシュエルの咆哮撃や燃やす刃の力は威力があり過ぎて封印しているようだし、生きて捕えることの難しさか。
フィルミナ副団長は水の塊を浮かばせた状態で、じっとこっちを見ている。その視線の先に居るのは、片膝を突いた状態で弓を構えているシュイ。
一度シュイが放った矢は、水の塊が壁の様な姿に変化することによって、容易く防がれてしまった。
それ以来、副団長が魔法で攻撃を仕掛けたタイミングを狙って、撃ち込もうとしているのだが、向こうもそれを理解しているようで動きがない。
戦力は拮抗している。だが、こちら側が不利だと思う。
その差は躊躇いのなさだろう。こっちは相手を殺す気が全くない。向こうは殺したいとは思っていないだろうが、結果、相手が死んでもいいと考えているのか、動きにキレがあり急所を当たり前のように狙ってくる。
俺はフリーだが敵味方入り乱れた戦いになると、途端に役立たずになってしまう。
何かを仕掛けたいとは思うが、この部屋だと味方を巻き込んでしまいかねない。〈結界〉を維持し続ける以外に何かできることはないのだろうか。
考えろ、考えろ。戦力にならないなら、自動販売機として何かできないか考えるんだ。
灯油やガソリンを撒いて火をつけたらどうだ……駄目だ、ここは室内だから一酸化炭素中毒になるだけか。団長たちだけじゃなく、ミシュエルもヘブイも巻き込んでしまう。
前にやったパチンコ玉、ローションも味方もろともだしな。高圧の水流を撃ち込むには動きが激し過ぎて、命中させる自信が無い。
このまま、ミシュエルとヘブイの頑張りに期待するしかないのか。




