ひとまず小休止
立塚高校は、さほど広い敷地を持たない。鵺がひと飛びし、大きな建物を二つ超えればもう主のいる中庭に到着する。
中庭、と言っても花もなければ芝生もない。ただ、校舎に挟まれたがらんどうの空間だった。長椅子ひとつない空間のため、指示をうけて戻ってきた妖怪たちは思い思いの格好で地面に腰をおろしていた。
「困ったねえ、どこに降りようかね」
狭い中庭に鵺の巨体はやや収まりが悪い。しばらく迷ったあげく、比較的空いていた一角目掛けて降りていった。幸い誰かを下敷きにすることもなく、無事に固い地面を踏むことができた。
「あー、楽ちんだった。ご苦労」
紅葉が鵺の背中から飛び降りる。着物の裾がまくれ上がり、白い足があらわになった。
「相変わらず品のない小娘だね」
紅葉の後ろから、ひどくぶっきらぼうな声が聞こえてきた。紅葉はやれやれと頭をかきながら振り返り、声の主に正対する。
細身の女がひとり、座っていた。下半身は蛇であり、座るというよりとぐろを巻いていると言った方が正しいだろう。蛇女の伸ばしっぱなしのざんばらな黒髪が、顔を動かすたびにかさかさと枯れ柳のような音をたてる。
なるほど。妙に場所が空いていると思ったら、この陰気な女の前だったのかと内心紅葉は悔しがった。こんな女に頭を下げるのは気に喰わないが、目をつけられてしまった以上何もしないでは済まない。なにせ今回の作戦の総大将は天逆毎だが、大将はこの女なのだ。
「すいませんねー」
「謝り方も雑だこと」
蛇女の言い草に紅葉はかちんときた。どこまで陰気で嫌な奴なのだ。そりゃ人間の男でもこいつを捨てて逃げたくなるだろう。
紅葉は改めて大将の顔を見る。顔のパーツ自体はかなり整っているのだが、目と口元に力がなく、鼻が大きいので活気がなく幸薄そうだ。ま、ここは頭を下げといてあげましょう。私生活が不幸な醜女に下手にたてつくと後がうるさい。
「主さま、申し訳ございません。育ちの悪い娘でして」
紅葉の後ろで鵺が機嫌取りをしている。長く生きているだけに、さすがにそつがなかった。
「全く不愉快だね」
「清姫さまとは育った世界が違います故に。平にご容赦を」
鵺は大年増中の大年増、声色もおだてあげ方も完璧だった。徐々に清姫の機嫌が良くなるのが見てとれて、紅葉は少し鵺を見直した。
「まあよいでしょう。拘るのもバカバカしい」
「さようでございますよ。して、我らをお呼びになったのはいかなるご用で?」
「全員しばし待機せよ。それ以外に命はない」
清姫がそう言い放つと、紅葉たちの周りから抗議の声があがった。
「マダ アイツラ ノコッテル」
「我ら、血を見ずに帰る気はないぞ!」
ここにいる全員が紅葉たちのように楽しい虐殺に加われたわけではない。校舎の出入り口を固めたり、逃げてきたものを狩ったり、ふわり火のように単なる連絡係として働いたものもいる。もちろん地味な役割にも意味があることは皆分かっているが、やはりわざわざ蜂起したからには今までの鬱憤を晴らしたいのは当然だ。
「落ちつけ。時が経てば、再び殺戮の時は訪れる。今は、待つことじゃ」
清姫はそう言ったが、皆の不満が消えた様子はない。仕方ない、と首を振って清姫は一同を睨みつけてダメ押しの一言を放った。
「貴様ら、天逆毎様のご判断が信じられぬとでも?」
皆、それを聞くや否や慌てて首を横に振った。首があるのやらないのやらわからぬ者もいたが、それでも否定の意を表しているのは間違いない。馬鹿力で傲慢な、神の名ももつ妖怪に逆らったら、一体どんな目にあわされるか分かったものではない。
「異論はないな。それでよい。外の者はほぼ殺しつくした。あとは校舎の出入り口だけよく固めておくことじゃ。どうせ壁の外には逃げられはせぬが、まとめて殺した方が皆の気も晴れよう。見張りはちゃんとおるのじゃろうな」
「ご心配なく。縊鬼たちに見張らせております」
清姫が問うと、図体の大きな鬼が答えた。主はそれを聞くと、もう言うことはないとばかりにふいと顔をそらした。それがきっかけとなって、皆ばらばらに散っていく。
鵺ものしのしと歩いて、今度は隅の方に場所をとった。紅葉もそれについて移動する。鵺も色々と口うるさいが、陰気さは全くないので清姫の横にいるよりよほど気が晴れる。それに、背に寝そべって過ごした方が、固い地面に座るよりはるかに快適そうだった。
「よ」
紅葉は一気に鵺の背を駆けのぼり、比較的毛が柔らかい背の部分に寝そべる。むろん許可などとらない。
「よっこらせ」
「……何かお言いよ」
「寝ていい?」
「もう寝ちまってるくせに何を偉そうに」
口ではぶつくさ言いつつも、鵺が紅葉を振り落とそうとする気配はなかった。




