何をするにも気分次第
三十分ほど経つと、がつがつと弁当をむさぼっていた生徒達も静かになった。あらかた食べ終えたことによる、教室内に満ちた弛緩した空気の中で舟木はぼんやりと紅葉を見る。
世話になったからか、紅葉は前よりいっそう綺麗に見えた。舟木と目が合うと、にこりと笑いながら紅葉は口を開く。
「おいしかった?」
「すっげーうまかったよ!」
舟木が答える前に、食い気味で宮部が割り込んできた。こいつこの美女に惚れたな……と舟木は呆れながら彼の小さな背中をにらむ。
「じゃあまた、持ってくる。いつになっちゃうか、わかんないけど」
「紅葉ちゃんほんと、やさしーなあ。どっかのブスとは大違い」
紅葉に向かって、やに下がった表情で宮田がいう。ブスと言われた当の春野は、ぷいと横を向いて何も言わなかった。やめなよー、と誰かが声をかけたが、本気で言っているようには聞こえない。
「あ、もう行かなきゃ。またね」
ちらちらと廊下の様子をうかがっていた紅葉が、ぱっと身をひるがえして教室から出て行った。どさくさにまぎれて、紅葉の肩を抱こうとしていた宮部が前につんのめる。どっと生徒達の笑い声があがった。
一時の興奮が収まり、舟木は固い床に座り込んだ。床には靴や机がすれてできた、いくつもの細かいひっかき傷が残っている。ろくに換気もしていないため、少し空気が淀んで弁当のにおいがした。しかし、その生活感が妙に心を落ち着かせてくれる。
また、日が暮れる。舟木の体にかけるものなどなにもなかったが、間もなく心地よい眠気が襲ってきた。
「あいつら、帰ったな」
人間たちの鉄馬が、黒い息をまき散らしながら去った後。
残存部隊がいないことを確認した九は、校舎に戻ってきた。校門を背に、大きな背中がちらりと見える。いつも様子を見に来てくれるタタラの兄貴か、と判断しこちらから話しかける。
「全部帰ってったぞ。相変わらず、家の中からこっちをにらんでる奴らはいるけどなあ。ちょいとそいつら、ひねってこようか。なあ、兄い」
「あなたの兄になった覚えはありませんけどね」
「うん?」
どうやらイッポンダタラと違う妖怪に話かけてしまったようだ、と気づいた九が振り向く。粗相の相手を確認した瞬間、羽ばたきを忘れて九は地面に激突した。
激突先が柔らかい地面だったのは幸運だった。でなければどこかの骨が折れていただろう。
「おや、おもしろい」
九の無様な様子がよっぽど滑稽だったのか、硬直させた当の本人は鼻の穴を膨らませて笑い転げた。
「あ、あ、あ、天逆毎さま!?」
「『あ』が三回余計です」
天逆毎にびしりと言い放たれ、いつもはおちゃらけている九も背筋を伸ばした。
「九、早く戻らんか……お、おおこれは」
のっそりと校舎内から出てきたぬらりひょんも、天逆毎に気づいてあわててその場に平伏する。
「もう少し遅くにいらっしゃるとお伺いしておりましたが」
「遅く行くと約束したら、なんだか妙に尻の座りが悪くなりましてねえ」
なんて迷惑な奴だ、と九は思ったがもちろんおくびにも出さなかった。口にしたが最後、口ごと頭をもぎとられて一巻の終わりだろう。
「元からこういう御仁だ、気にすんな」
天逆毎の後ろから、のっそりと体格の良い男が現れた。髭面に坊主頭の、九には見覚えのない男だったので顔をしかめる。
「牛鬼の佐門だ」
「牛鬼!」
九は再び目をむいた。一たび暴れれば血の雨が降ると言われた海の大妖まで、こんなところに来たのか。
「ほほう、これが人間側から送られてきた物資ですか」
佐門のとりなしなどどこ吹く風で、天逆毎は物資の前に陣取って満足そうにほほえんでいる。もう早、背後の九たちなどどうでもよくなったようだ。
「どういたしましょう」
「なにを遠慮していらっしゃるのかがわかりませんね。せっかくかすめとったのですから存分にお使いなさい」
お伺いをたてたぬらりひょんに、天逆毎がからからと笑いかけた。しかし、周りの仲間たちは笑うどころではなく、いきなり現れたこの大妖を持て余してぼんやりとたたずんでいた。
「なにか入れてきたのではと疑っているのですか? 心配しなくても、今の人間側にそんな度胸のある指導者はいませんよ。いたいけな若者の人質がいる状態で、誰もそんな危ない橋は渡りたくないようで」
「は、はあ」
「早くなさい。ぼやぼやしていると私が運んでしまいますよ」
周りがたじろぐとやりたくなる性格のようで、天逆毎がさっと手近にあった数十箱の荷物を一気に持ち上げた。慌てて佐門がそれに続く。一同が慌てて手近な荷物に手をかけたとき、ふいに足音が聞こえてきた。
「天逆毎……さま」
ざりざりと不愉快な音をたてながら、背後からコワイが現れた。
一応天逆毎相手には敬意を払わねばならないということくらいはわかっているらしく、不自然ではあったがいつものようなぶっきらぼうな言葉使いではない。呼ばれた天逆毎は箱を地に戻し、コワイに向き直る。




