ぬらりひょんのグルメ講座
鉄馬の足音はかなり大きくなっている。ぐるぐる、がががと相変わらず耳につく鳴き声が徐々に増えていき、ぶすんという声を皮切りに足音がぴたりとやんだ。相変わらず変な歩き方をする馬だぜ、と九がつぶやく。
足音がやむと同時に、ばたんばたんと腹の扉が開く音が聞こえてきた。馬の中から次々に人間と、茶色い箱が出てくる。
「よし、おろせ。傾けるなよ」
今度は馬から下りてきた人間の肉声がしはじめた。ここにいる人間たちはこういう作業に慣れているのか、いくつかの小さい組に分かれて効率的に作業しているようだ。
「なにが来やがったかな」
「こら、確認するのはあいつらがいなくなった後じゃぞ」
さっそく獲物を確認したがる若者たちをぬらりひょんがたしなめた。その間も、順調に作業が進んでいるのか、外のざわつきが次第に小さくなっていった。
『食料の搬送が終了した。これから私たちは武器の射程外まで撤退する』
外から、人間にしては妙に大きな声が告げた。またおかしな機械でも使いよったな、とぬらりひょんが言う。
けたたましい音が遠ざかっていくと、おもむろに地縮の体高があがった。よく見ると、ダンゴムシのように体の下部分にびっしり細かい足が生えており、それを動かして立ち上がっている。
自らの作った壁に向かって、地縮はのそのそとすり足で歩いていくが、その速度は異常にのろい。亀と競争しても周回遅れで負けそうだ。
妖怪一同が『もう抱えて壁のところまで運んでしまいたい』としびれを切らしそうになった時、ようやく地縮は目的地までたどりついた。なにやらむにゃむにゃと単語を発すると、壁の一部がすうっと消え、丸い穴があいた。
壁の向こうはもう日が落ち、心安らぐ夜の闇が町を包んでいる。普段は煌々と日を使っているはずの近隣住民の家屋も、今日はどれも闇の中に沈んでいた。ただ、道ばたの柱だけが青白い光を放っている。その光に照らされた中に、山積みになった箱が見えた。
「とりあえず、それらしきものは来たのう。どうする」
「中を見てみよう」
ゴーライがそういうと、地縮は頷いてぐりぐりと頭を動かした。壁にあいた小穴が引き延ばされたように大きくなり、長身のタタラ族でも通れるほどの大きさになる。ゴーライはその中を悠々と進んでいった。あわてて部下たちが彼の後を追う。
ゴーライ達は、とりあえず一番近いところに積んであった箱の山から調べることにした。中身が出ないようにしたいのか、箱の上に質感の違う布切れが貼ってある。布のくせに妙に頑丈で、伸び縮みするそれを引きはがすと、箱はぽかりと大きな口をあけた。
「また箱か」
箱の中にぎっしり詰まっていたのは、緑の紙を上にのせた手のひらほどの小さな箱だった。人間どもはどうしてこう、無駄なことをしたがるのだろうとゴーライはため息をつく。
最初に開けたのが自分でよかった。短気な種族であれば、この光景を見ただけで怒髪天をつくだろう。
「ほほ、弁当じゃな」
「ご老体!危険ですよ」
箱に気をとられている間に、ぬらりひょんがいつの間にか自分の背後に接近していて、ゴーライは飛び上がった。勝手なことをしてと睨みつけてみるが、老人にはまるでこたえていないようだ。
「この年になるとな、退屈が一番の毒じゃて」
ぬらりひょんが、勝手に小さな包みを開け出す。イッポンダタラ族と違って器用によく動く触手はなんなく結び目を解いた。箱のふたを外し、中身をこちらに見せてくる。
「ほう、これは」
包みの中身を目にした瞬間、思わず声がもれた。白い飯に煮付けの茶色、なにやら種類はわからないが赤い魚、豆の緑、卵の黄色。よくここまで詰め込んだと言いたくなるくらい様々な食材が一つの箱にきっちり入っていた。
「この赤い魚のようなものも食べられるのですか」
「これは海老というてな、海におる。人間どもは主に火を通して食う。火を通すとこうやって赤くなるのじゃ。ゆですぎると食えたものではなくなるがな」
ほうとゴーライはうなった。見たこともない食材に関して、次々に老体に質問していく。ぬらりひょんは全く詰まることなく、若者からの質問に答えていった。
「それでは、毒になりそうなものは使われていないのですね」
「ないな。ごくふつうに人間たちが食べているもんばっかりじゃ。食材自体が毒物という可能性は排除してもよかろ」
「……残るは、毒を入れ込むか塗るかしているということですか」
「ひょひょひょ、そういうことじゃの。いやあ、それさえなければ一尾ここで食いたいもんじゃが」
ぬらりひょんはもう一度エビという不思議な魚を見つめてから、名残惜しそうに包みのふたを元に戻した。




