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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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邪気のないおねだり

「は、薄情もの」

「本当に困ったら呼んでね」

「クソぉっ」


 相手にまるでやる気がないのが分かる。疾風はやては自分の敗北を悟った。


「同じ血が入ってるのに、ずいぶん違いますね」

「何か言ったかッ」


 後方の布団からつぶやく飯綱いずなを、疾風はにらむ。


「それだけ元気なら、教本の一つでも開いてみなさい。ほら、ちょっと手を伸ばせば届くでしょう」


 虎の尾を踏んでしまったことに気づいた疾風は、慌てて目をそらす。しかしすでに手遅れだった。


「いつまでも私がここにいるわけにもいかないのは分かっているでしょう。頭(代理)なのですから、脳みそが筋肉のままでは困るんですよ」


 よくもこの男はこれだけ口が回るものだと思いながら、疾風は本に目を落とした。だが悲しいかな、基礎がないのでさっぱりわからない部分がいくつもある。


「けっ、やーめた」


 本を放り出して寝転がった疾風に、飯綱が声をかける。


「また夕子ゆうこ殿をお呼びしますよ」


 疾風は天井に向かって舌をつき出した。


「嫌だ」

「最初はちょっと嬉しそうにしてたくせに」


 意外としっかり見ている飯綱にどぎまぎしながら、疾風は言い返す。


「隼人よりましかと思ったんだよ。実態はあいつより怖かったけどな」


 常に柔和な態度を崩さず、じわじわ真綿を締め上げてくる夕子の指導。疾風は三日で逃げ出した。


「優しそうに見えて鬼みたいに気が強いぞ、あの女」

「京の貴族なんて、全員そんなものですよ」

「あー、やだやだ。回りくどいのはもうこりごり」


 疾風が言うと、飯綱の目がかっと見開かれた。


「ほう。つまり、直接的にびしびししごいてくれる、あけすけな方を求めるということですね」

「俺はそこまで言ってないぞ」


 疾風の抗議を、飯綱は完全に黙殺した。


「それならそうと、早く言って下さればいいのに。今ちょうど、頭(代理)の希望にぴったりな方がいらしているんですよ」


 飯綱が言い終わると同時に、音もなくふすまが開いた。そしてそこには、あまりにも無慈悲な相手が立っている。


「よう」

三千院さんぜんいんの能面が、こんなところに何の用だっ」


 疾風が怒っても、相手がまるで気にしていないのは明らかだった。


「お前と違って仕事があるんでな。壊れた町の修理、物資の配分、役所業務の立て直し──どれもこれも大変で、体が三つも四つも欲しいくらいだ」

「そ……そうか。まあ、頑張れ」


 疾風は力なくつぶやいて、布団に潜った。しかし細い糸が、上掛けをひっぺがす。


「しかし、人の体というのはそう都合よく分裂したりせんのでな。そのために、面倒な組織を作ってでも部下を育てるというわけだ」


 ずかずかと枕元までやってきたあおいは、今までの鷹司たかつかさ姉弟とは比べものにもならないくらい恐ろしかった。


「さあ、すくすくと育ってもらおうか。覚悟はいいな」


 悪魔じみた雰囲気をまとう葵を見て、疾風はただただその場にへたりこんでいた。



☆☆☆



「ねーね、ようこそじゃ。しかしにいにはおらんぞ」


 久しぶりに怜香れいかが三千院家を訪れると、かしこまった様子のみやこが出迎えてくれた。


「そうなの?」

「京都に行くと言うておった」

「なんだ。せっかく大阪のお土産持ってきたのに」


 怜香はデバイス使いの少ない大阪のフォローに回っていたが、役目を解かれて帰ってきたのである。


 大和やまとだけは和泉いずみの手伝いで残された。出がけに淀屋よどやとつかみ合いの喧嘩をしていたのだけが気になったが……


「ええねん。あの二人が取っ組みあってくれたら、他の全てがスムーズに進むから」


 他の首脳陣が、悟りきった目でそう言うので放っておいた。心配しなくても、あの面子なら大丈夫だろう。


 東雲しののめ絹子きぬこ、みかげにはろくに会えないままだったが、今はネットで会話が出来る。彼女たちも精一杯、自分の仕事をしていた。


「それにしても、まだお姉ちゃんて呼んでくれるの。一緒に住んでたのはずいぶん昔なのに」


 怜香が聞くと、都は当然だと言わんばかりに胸を張る。


「だって、葵にいにと結婚するんじゃろ」

「いつどうやってそういう話に!?」


 自分の想像をはるかに超えた展開に、怜香は目を点にした。


「嫌かのう」


 都は小首をかしげて聞いてくる。


「い、嫌というわけじゃ……」

「ならよかろ」


 幼児ならではのざっくりさをもって、怜香の抵抗はなかったことにされてしまった。


「都は早う赤ちゃんが見たいのでな、くれぐれもよろしゅう」

「それはどういうことですか!?」

「みんな赤ちゃんはかわいいかわいいと言うに、都は自分の下をもったことがない」

「ああ、そういう理由……」


 予想よりかわいらしいことを言う都にほっとしながら、怜香は彼女と一緒に三千院家の門をくぐった。


「あら、いらっしゃい」


 怜香の姿を認めたトヨが、真っ先に駆け寄ってきた。


「ちょうどよかった。これをお渡ししようと思って、待っていたんですよ」



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