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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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妖怪たちは庵に集う

 どういうことだ、と葵は心の中で呟いた。鈴華女子の敷地は広い。妖怪が攻めてきたとしても、抜け道がこの短時間で全て埋まってしまっているとは思えない。


「話すより見てもらった方が早い。今の鈴華の外観映像を送っているから、それに目を通してくれ」


 葵は傍らに置いてあったパソコンを見る。張り付いて画面に見入っていた部下が、葵のために場所をあけた。


「これは」


 葵の口から声が漏れた。学校が丸々、薄い膜で覆われている。膜の色は黒く、上から見ると学校に椀を逆さにしてかぶせたような半円形をしていた。


「結界壁ですか」

「そうらしいね。私は不勉強で実物を見るのは初めてだが、君なら見覚えがあるだろう」

「小型のものは二・三ありますが。ここまで巨大なのは自分も見たことがありません。そもそもこういう壁を作れる種族自体が超希少種なんです」


 敵の攻撃から身を守るために妖怪が盾を作りだす場合がある。自分の体の一部や、葵のように糸を使って自身を守る、物理的なものが大半だ。だが、人間には理解できない方法で突然空中に盾や結界壁を出現させる種族がいた。


 幸い、先の内乱時にはそういう種族の数はひどく少なく、戦況を変えるまでには至らなかった。が、今回はどうも勝手が違うようだ。


「ここまで巨大なものを作れるようになったとしたら、明らかに敵はこの五十年で仲間を増やしていますね」

「開戦に踏み切ったのは計画あってのことだったんだな。そしてそれを、今日使ってきたわけだ。生徒を壁に閉じ込めたということは、やはり彼らを人質に取っているつもりなのだろうか」


「その可能性はあります。鈴華は裕福な家の出の生徒が多いですからね。要求はなにかしてきてますか」

「今のところはまだだ」

「他の学校を制圧している妖怪たちからはどうです」


 葵がそう切りこむ。綿貫が息をのむ音が、受話器の向こうから聞こえてきた。


「……年のせいかね。私は、その情報をまだ口にしてはいないと思うが」

「署長の失言ではありませんのでご安心を。部下が知らせに来てくれました」


 怜香が鈴華の危機を伝えたのと、部下が葵に報告に来たのはほぼ同時だった。普通、現場で見ている怜香と同じ速度で軍の上申が来ることなどありえない。

 車内で報告を聞いてみれば、全く別の学校がもう一つ、同様の被害にあっていることがわかったのだ。


「もう一つ、襲われたのは立塚高校――しかし、この学校は鈴華とはあらゆる面で正反対な学校だけどね」


 葵も綿貫に同意する。鈴華が、堂々たる名門女子高として確固たる地位を築いているのに比べ、立塚の評価は下がる一方だった。


 昔は地域によって通う学校が決まっていたのだが、十数年前に地区外の高校への受験が許されるようになった。自然、鈴華やクマ校など分かりやすい売りがある高校に生徒が流れることになり、多数の私立高校の入学者数と偏差値がガタ落ちした。立塚もその中の一つである。


「なんの意図があるんでしょうね。子供を人質にして要求を通したいのなら、クマ校を制圧した方がよっぽど意味があると思いますが」

「君ははっきり言うね。母校だろうに」


「可能性の問題です。クマ校には高位軍人の子弟も多いが、立塚にはいません。目的が軍へ圧力をかけることにあるとしたら、クマ校を外すのは明らかに不自然です。そこらへんの誘拐犯だって、身代金が欲しいのなら、いかにも金を持ってなさそうな家の子は狙わないでしょう」


「なぜ立塚を狙ったのか。奴らの狙いが分かればいいがな……。すでに対策本部は立ち上がっている。両校周辺にはすでに警察・消防・救急全部隊を向かわせている」


「妖怪が絡んでいるとなれば、近いうちに県知事と公安から総理に、軍の出動要請が出るかもしれませんね」

「出るかも、か。若い命の一大事に悠長なことを」


「上のおっさん共の腰の重さにはもう驚きませんよ。指示に従えと言うが、その上に情報を伝えるにはいちいち直属の上官の許可を得なければならない。課長に行き、参事官に行き、局長に行き……結果、トップがことを知った時にはもう手遅れ。こんな時代錯誤なことをやっていてよく五十年もったものです」


 京や大阪ではすでに、緊急時へのトップへの直言は正式に認められている。平時にここまでしておかないと、いざという時に全く行動がとれずに無様にうろうろする羽目になるのだ。


「と、いうことで。正式な要請が出るまで、軍は動けません。ですが鈴華の内部にうちの関係者がおりますので、もし情報が入ればお伝えします」

「ありがたい。こちらも進展があれば知らせよう。いつも私が相手になれるとは限らんがね」


 葵は礼を言って一旦通話を切った。傍らに立つ部下に目配せする。


「名田署から来た資料を見たいな。さっきの写真だけではないはずだ」

「はい、立塚の方の写真もありますよ」


 パソコンの前に座っていた若い部下が、葵のために場所をあけてくれる。葵はパソコンの前に腰を下ろし、画面をにらんだ。名田署から送られてきた写真は軽く百枚を超えており、さっきまで作業をしていた男がフォルダに分けて入れてくれていた。


 写真は色々な角度から二つの学校をとらえているが、残念ながら壁のせいで内部の様子が全くわからない。もちろん、犯人の姿は影も形もない。葵はそれでも根気強く、全ての写真を確認していった。





 木々に囲まれた中に、ぽつりと小さな庵が立っている。庭に生い茂る草は膝の丈まで伸びきり、人の手が入っていないことがうかがわれる。しかし、それとは対照的に庵の中には明かりがともり、二つの人影がぼんやりと浮かび上がっていた。


「何で、ここに集まるように下知されたのか。理解に苦しむわ」


 妖艶な女が、口元を隠しながらぼそりと言う。女が動く度、稲穂のような金の髪がしゃらしゃらと揺れた。


「ここはあまり雅とも言えないし。早く京の都へ帰りたいわ」

「はっ」


 女の一言を、奥に座っていた体格の良い、坊主頭の黒肌の男が鼻で笑う。彫りの深い男の顔立ちが嘲りで歪んだ。


「京で生まれたような口ぶりだな。貴様の生まれは唐の片隅だろう」

「唐は実に華やかで、面白かったわよ。京も文化の香りがあり、興味深い。生まれが違えど、愛着を持って何が悪いの。貴様のように海の底しか知らぬ野蛮人には分からないかしら」


 男と女の視線がかちあい、火花が飛んだ。人の形をしていたはずの障子の影に、にゅうと大きな耳と角が生える。部屋の緊迫感が最高潮になった時、大きな酒瓶を持って、二人の男が部屋に入ってきた。


「京なら僕の方が詳しいのにな」

「兄者、お気持ちは分かりますが、下らん喧嘩には参加しない方が身のためですよ」


 ひとりは真紅の髪をした、まだ十に届くか届かぬか、というくらいの少年。その後ろに、細身で銀髪の背の高い青年が付き添っている。来訪者に気付いた男女は、とりあえず休戦だ、と言いたげに部屋の対角に後退した。


「どうです、一杯」

「おう、もらうわ」


 青年が杯の用意をし、傍らの男にさし出す。男はそれを受け取って一気にあおった。


「味わってから飲みなさいな。これだから味音痴は」


 同じように盃をもらった女が、あきれ顔で苦言を呈した。


「兄者もどうぞ」

「うん」


 年端もいかぬ少年は、当たり前のようにぐびぐびと酒を飲み干す。なみなみあった壜の中身が、あっという間になくなった。


「良い飲みっぷりですが、ゆめゆめ飲み過ぎぬよう頼みます」

「あの時は相手が悪かったよ」

「顔が似てる時点で叩きだしてやればよろしいと、私が申し上げたのをお聞きにならなかったあなたにも落ち度はあります」


 うえー、また始まった、と少年は首をすくめた。少年は傷ひとつない白い肌をしているが、その首元にはやけに目立つ赤い傷跡がくっきりと横一文字に走っている。


「覚えてるから、この傷だけは教訓のために残してるんだろー。あんまりしつこいと破門するぞ」

「やれるものならやってみなさい」


 青年はどこ吹く風で聞き流す。その落ちつきっぷりが癪に障ったのか、少年はあっかんべーと舌を出した。


「しかし、主がいませんね」

「気まぐれな方だからねえ。来ると言ったら、来たくなくなるんでしょ」


「そしてそれが治まったら、ひょいと現れるんだよね。いつ来るかなんてどうでもいいけど、庵を壊さんように来てほしいな。なんせ、馬鹿力だもん」

「お前ら、失敬だぞ。あれだけ世話になっておきながら」


 全員が口々に自分の考えを言いつつも、縁側から外を見つめる。相変わらず、何かが動く気配はない。やれやれ、と顔を見合わせて、わずかになった酒を楽しもうと室内に戻った。


「げ!」

 坊主の男が、室内を見て驚愕の声をあげる。

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