養父の教え
「バーカ、こんなもん何回ゲームに出てきたネタだと思ってんだよ。日本の小学生は毒の沼なんて何千回も踏んでるわ」
しかし要も、負けずに減らず口をたたく。天魔雄はそれを聞いて舌打ちした。
「これでもまだ足りないんだ……じゃ、本物の裁きってのを味わうがいいよ」
天魔雄が低くつぶやく。その時、要の右腰についていた飛行装置の回転が止まった。死体と化した魚たちの肉片が機械内に入り込み、とうとう動作ラインを完全に止めてしまったのだ。
「おや、右で音がしたね。今度は左だ」
一度有効な手を見つけると、魚たちの動きに迷いがなくなった。
天魔雄の命に従い、次々と魚たちは左の飛行装置へ身を投じる。すぐに左からも、作動音がしなくなった。
「あーあーあー」
流石にこれには要も嘆息する。逆に天魔雄は、そっくり返って高笑いを始めた。
「悲しい? 悲しいね? 生まれたばかりの僕にいいようにされる、女王様ってこの程度の存在なの?」
天魔雄の声は、どんどん大きくなる。その度に、暗雲が集まってきた。
「何だ、あれ……」
要は空を見て、思わずつぶやく。通常はゆるい曲線を描いているはずの雲が、ガラスの破片のようにいくつもの角を作っている。
そして雲は、その角を下へ向ける。切っ先の落下点にいるのは、もちろん要だ。
「天の呪いに刺されて死ぬか、海の怒りにのまれて死ぬか──僕は優しい王様だから、どっちにするかは君に決めさせてあげるよ。さあ、選んで」
天魔雄は舌なめずりをした。長い舌が、彼の下あごをなぞる。それを見た要は腕を組み、「うーん」と低く唸った。
「どっちか、ねえ」
悩んでいる間にも、天の雲はますます厚みを増し、海は真紅に近づいていく。要がいるのはまさに、現世にやってきた地獄だった。
「……ははは」
しかしその中であっても、女王は笑う。
「王気取りか。笑わせんな、ただのガキが」
目の前の敵を、決して自分と同格とは認めない。
王は一つの国に一人、それが真理。二つの太陽が同時に昇ることなどないのだから。
「なんだとっ!!」
「聞こえなかったのか? じゃあ、今からそっちに行くわ」
天魔雄が言葉の意味を理解するより先に、要は飛び出した。
死骸の鎖はやすやすと引きちぎられ、落ちてくる雲も彼女の髪先をかすめることすらできない。
女王はまっすぐに、天魔雄の背後を目指す。そして素早く回りこむと、脇腹のあたりに正拳突きを入れた。
「げぇっ」
腹でうごめいていた眼球を潰され、天魔雄が悲鳴をあげる。要はその傷口から、再び電流を注いだ。
「ぐあっ!」
今度は触手ではなく、本体が直接焼かれている。天魔雄のあちらこちらから煙があがり、片腕がこぼれ落ちた。
「はーい、今度こそ生身で体感できたな。これが本当の冥土の土産ってやつだ」
「うご……けない……はずじゃ」
「王ってのはな、人が持ってきた選択肢の中からまんま選ぶってのが嫌いな生き物なんだよ」
いつでも王が往くは荒野の中。その後を配下がたどり、形を整えていくものだ。
「ま、王にも少しだけ知恵は必要だがな」
要は久しぶりに、自分の背中をつたう出血を感じていた。飛行装置を発動させた影響で、周りの皮膚が持って行かれている。
「は……?」
「日本じゃまだ使ってないみたいだけど。なんせうちは予算だけはバカみたいにありますからなあ」
飛行装置ひとつでも、様々な改良が加えられている。体内に埋め込めるブツを開発という、狂気の沙汰さえ成功させた。葵もやりたがったが、予算が足りなくて即時導入には至っていない。
「生まれたばっかで、知識は全然ないんだろ、お前。ママがいなくなったらそこまでよ」
要がせせら笑う。距離はぐんぐん縮まり、天魔雄がよく見えた。彼はすでに腕のほとんどを失い、細く人間じみた核部が露出していた。
「さあ決着つけようぜ、裸の王様」
要は走った。わずかに残った天魔雄の体をかいくぐり、間合いをつめる。
〝あたしは蹴りより殴る方が好きだなあ〟
〝何故だ?〟
〝拳は飛ぶんだぞ、ロケットみたいに。修行すればいつか〟
〝いいことを教えてやろう。普通の人間のは飛ばない。それに〟
昔のことが、思い出される。要は笑った。
楽しくて楽しくて、仕方ない。たまにこういうことがあるから、生きているのも悪くなかった。
〝拳っていうのは、本来あまり威力のあるものじゃないんだ〟
〝そうなのか!?〟
走る。飛ぶ。蹴る。殴る。払う。そして剣でなぎ倒す。
〝だから腹など、柔らかいところしか狙えない〟
〝腹って……どいつもこいつもプロテクターつけてんじゃねえか〟
〝だから、実戦向きじゃないんだ。ただ〟
稲妻が光り、雷鳴が轟く。視界が徐々に、真っ白に染まる。
〝お前なら、使いこなせるかもな。いいか、ちゃんと練習するんだぞ〟
「……分かってるよ」
要がつぶやくと同時に、天魔雄の急所が見えた。肘を引き、拳にありったけの力をこめる。




