その手に向かって唾を吐く
「よお。勝負しようぜ」
白銀の光を従えた女は、天魔雄に向かって気安くそう言った。
(生意気な)
天魔雄の理性が、沸騰した怒りによって消える。がむしゃらに放った触手が、空間を埋め尽くした。
「はいよ」
しかし、女は速かった。ほとんど逃げる場所などない──そのたったわずかな正解を、秒速でかぎ当てる。そしてそこから攻撃し、徐々に安全域を広げていく。閃光が徐々に場を明るくする中、天魔雄の心は逆に暗く沈んでいった。
(勝てない)
わずかな立ち会いの時間ですら、実力差を肌で感じる。まだ相手が手探りでこれなのだから、慣れてくればもっと差は大きくなるだろう。
(どうする。どうする)
確信していたのに、その自信がわずか数秒で崩れ去っている。
この存在には敵わない。
この存在を最強の門番として取りこみたい。
この存在を殺したい。
ねえ、母さん。僕は、どうしたらいいの。
混乱する精神の中、母の名前を呼んでいると──奇跡が起きた。
女の体がぐらりとかしぐ。さっきの軽やかな動きとは正反対に、動きがぎこちなくなった。触手が、すかさず彼女をとらえる。
すぐに足の装置に気付いた。わずかだが、気体を排出している。
(なるほど、これで飛んでいたのか)
種が割れると、少し冷静な気分になった。この装置が壊れるか使えなくなって、失速しただけだ。攻撃の威力は素晴らしい物があるが、動きを制限できれば天魔雄は盾で防ぐことができる。
自分に「負け」の目はなくなった。それなら、次の手を考える必要がある。
(さて、どうする……)
天魔雄は悩んだ。持ち上げた彼女を顔面に近づけ、その表情を読もうとする。意外なことに、女はまだ笑っていた。
☆☆☆
自分の体が、異形の腕によって持ち上げられている。気味の悪い吸盤がくっついてきたので、要はそれを焼いておいた。
天魔雄がかすかに顔を歪める。しかしすぐに、元の仏頂面に戻った。
「ここにきても強気だね」
「そうか?」
要は適当に答える。少しでも気を抜くと吸盤が体内に食い込んでくるので、なかなか忙しないのだ。
「拒まれるいわれはないと思うけど」
飄々とした口調のまま、天魔雄は要に仲間にならないかと繰り返す。流石の要も文面を暗記してしまった。
「だって、君みたいな存在がここにいたって退屈だろう。生まれてくるのはみんな、自分の足元にも及ばない雑魚ばかり。勝つのがわかりきってる戦いって、しばらくやってると飽きてこない?」
天魔雄は首のような器官を縮めてみせた。要は近くなった彼の顔を、改めて見つめる。
「君も不幸だね。強さが数字で出ちゃう仕組みなんてなければ、もう少し長く夢を見ていられたかもしれない」
遺伝子の優劣で、強さの大半が決まってしまう。スポーツなどでもそのきらいはあったが、それをよりあからさまにしたのがデバイス使いの世界だった。
「まー、退屈な日は多いわな」
要も自覚しているので、素直に認めた。すると天魔雄は気をよくしたのか、さらにぺらぺらと話し出す。
「僕と一体化すれば、毎日飽きることがない。荒れた世界を歩いてもいいし、なんなら僕が作ってもいい。寿命が尽きるその時まで、絶え間なく戦い続けることもできるよ」
「ふーん」
要の体が持ち上がった。焦点が合っていない赤紫の目が、要をなめ回すように観察する。
「君と僕は同じ存在。恐れられると同時に切り札として頼られもし、それを嬉しくも思えば鬱陶しくも感じる。きっとうまくやっていけるはずだ」
「で?」
それがどうした、と言いたげに要が舌を出す。完全にこれで決めるつもりだったらしい天魔雄の瞳が、上下に揺れた。
「それは『お前が』勝手に思ってるだけだろ?」
要は吸盤を振りきって、腕をつき出す。肘を天魔雄の顔下に食い込ませて、一気に後方へ倒し雷撃を放った。人間ならこれで首の骨が折れているのだが、天魔雄はまた元の位置に戻ってきた。
「やっぱりこっちの方が楽しいわ」
要は満足げに笑うと、稲妻を全身にまとう。天魔雄の腕が全てちぎれ飛び、要の体が宙に浮いた。
「!」
天魔雄が驚く。見落としてやがったな、と要は笑い転げた。
「おお、無事か改良型飛行装置。科学万歳だな」
足についている旧型の、進化版。その他の装備に混じって腰に装着するため、せいぜい三十分しかバッテリーがもたない……が、今の要にとっては十分な時間だった。
(あの時と同じ思いは、もうしねえぞ)
闘志をたぎらせる要とは反対に、上半身を焼かれた天魔雄は悔しげだ。
「……所詮君も、人間止まりか」
「うるせえな。自分がどういう存在かぐらい、とっくの昔に理解して割りきってんだよこっちは。勝手に一緒くたにしてんじゃねえよ」
要は手の指を鳴らした。天魔雄が低く唸る。
「僕と同じが、そんなに嫌か」
「象と蟻が一緒だって言われたら、象は嫌だろうさ。お前がのたまったのはそのレベルの話だ」
天魔雄の体が、再び形を取り戻した。しかし海中の「根」からは切り離され、本体が人間の子供大になっている。うごめく吸盤が無数についた腕が、要に向かって伸びてきた。




