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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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肉の弾がぶつかりあう音

 いわおはじっと、目の前の仇敵を見つめていた。どこの誰だか知らないが、天逆毎あまのざこに手酷い傷を残した奴がいる。


(ありがたい……が、これで油断できる相手でもないんじゃよなー)


 一瞬でも侮ったら、手酷いしっぺ返しが待っているに違いない。巌は慎重に間合いをつめた。


(よし!)


 天逆毎がわずかに腕を上げたタイミングを見計らって、巌は動き出した。素早く接近し、天逆毎の右腕をつかむ。そしてそれを、思いきり上に引っ張った。


 腕が上がったことで、胸元に隙間ができる。そこへ巌は体を滑りこませた。相手の足をつかみ、巨体を倒しかける。しかし、ここで不気味な笑い声が聞こえた。


「ははは、甘い甘い」


 天逆毎が体勢を立て直す。巌の手を振り払い、彼女の右腕が完全に自由になった。


「しまっ……」


 短い単語ですら、最後まで言わせてもらえない。天逆毎の腕が、巌の首にかかった。


 直後、天逆毎が巌にのしかかってくる。見た目からは想像できないほどの重量に、巌はうめいた。


「後ろに投げるつもりだったかい。お前はその決め技が好きだからねえ」


 巌は苦しむが、天逆毎は反対に嬉しさをにじませる。


「だがここは空中だ。倒れようが地面はないし、妖怪は人間より足腰が丈夫でね」

「う……」

「老いってのは怖いね。さあ、とっととくたばりな!」


 天逆毎はとどめを刺そうと、さらに体を密着させる。巌は、この瞬間を待っていた。


 即座に動く。天逆毎の腹めがけて、己の肉体をはね上げた。


「ぐうっ」


 攻撃は敵の急所をとらえた。巌は再び間合いを取り、再び息を吸いこむ。


「いやあ、傷口が見えやすくて助かった。さらした弱点を攻撃しないのは、逆に失礼じゃからの」


 巌が挑発すると、天逆毎は顔を真っ赤にする。そして、すさまじい勢いで巌を追いかけてきた。


(……さっきより速くなっとるじゃないか、くそったれ)


 飛行装置の出力はすでに最大だ。加速できない以上、賭けに出るしかない。


「捕まえた!」


 天逆毎が、ついに間合いの中まで入ってきた。巌は覚悟を決め、彼女と向かい合う。近づいてきた相手を、両手を使って持ち上げた。


「ぐぬっ」


 しかし天逆毎も、すぐに対応してきた。腰を落とし、巌に動かされないように静止している。


「ちっ」


 妖怪だけに、軽々と物理法則を無視してくる。巌はさらに力をこめようと、自分も腰を低くした。


 しかしその時、不意に天逆毎が抵抗をやめる。急激に落下すると同時に、巌の体に手を回す。ご丁寧に、足まで同時にひっかけた。巌は一回転し、空中に投げ出される。


「人間の体ってのは不便だねえ!」


 天逆毎が吠える。だが、巌は動じなかった。自分が賭けに勝ったことを、知っていたからだ。


 投げられている途中で、巌は両足を伸ばし、右手で宙を探る。その手が、しっかりと地面に触れた。


 巌は左手で天逆毎をつかむ。そして右手を支点にして、彼女を自分の体越しに大きく放った。


「ぐっ」


 うめき声が聞こえる。やはり傷持つ身、簡単な打撃でも効いているようだ。


 巌はさらに攻撃を加えるため、立ち上がる。しかし、落下予測地点に天逆毎の姿はなかった。


(どこへ消えた)


 完全に逃げたわけではない、と巌は確信していた。自分を投げ捨てた相手を、天逆毎が許すはずがない。


 その時、ごっと風が吹いた。巌の顔に、髪の毛がわずかにかかる。一瞬の不快さに気をとられた直後、後ろに気配を感じた。


 その時にはもう遅い。天逆毎の両手が、しっかり巌の首をしめあげていた。


 目の前が真っ暗になり、手はだらりと体の横に垂れる。遠ざかる意識の中で、巌は確かに天逆毎の声を聞いた。


「今度こそ首を折って、貴様の死体をあの街に撒いてやる」


 ぐけけ、と天逆毎は潰れた喉から奇妙な笑い声を上げる。


「心配しなくても、ちゃんと顔は分かるようにしといてやるよ。人類勝利の立役者が死んだ。そう分かって観客が絶望しなきゃ、意味が無いからね!」


 巌は目を開く。反撃のチャンスは、一回きりだ。


 天逆毎が巌の顔を覗きこむ。そのタイミングに合わせて、巌は思いきり彼女の前髪を引っ張った。


「ぎゃっ!」


 天逆毎の手が、わずかにゆるむ。その隙に巌は下へ逃れる。そして天逆毎の顎めがけて、肘打ちを放った。


 確かな手応えがある。固い物がぱらぱらと巌の手に降りかかった。天逆毎の歯片である。


「貴様……」


 ようやく天逆毎が発した言葉はそれだけだった。衝撃は脳天まで届いているはず。


 ──しかし、今回の首締めはさっきよりも長かった。巌もまともに動けず、宿敵同士がにらみ合うだけの奇妙な時間が流れる。


「死ぬワケにゃ……いかなくてな」


 まつりとの約束が、まだ残っている。


「さっきな……ちらっと下の街が見えたんだ」


 街は死んでいなかった。あちらこちらに明りがともり、しかもそれは忙しなく動いている。生きた人間が戦っている証拠だった。


「一回派手に折れた後から、よく立て直したもんだ」

「……それもつかの間のことさ。人のことなら……よくわかっている」


 天逆毎はくくっと低く笑う。


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