狩りの終わり
「ヴールヴヘジン!」
彼の呼び声に応えて、狼頭の戦士たちが大剣を振り回す。戦士たちは敵内部に入り込み、戦列を破壊した。
「一人じゃきつくありませんか?」
桜井がつぶやく。若菜は時計を見ながら答えた。
「そうね。予定ではそろそろ後続が援護に入る時間だけど──必要ないみたい」
「え?」
「見て」
若菜は地平線の向こうを指さす。海側から回ってきた部隊の先頭が、すでに見えていた。
「薬丸と塚原、それに九丞が追いついてきた。直にカタがつくわ」
それを聞いて、霧島兄妹もほっとした顔になった。さっそく兄が無駄なポーズをきめ、妹にたしなめられている。
「そちらもご無事で」
通信が入る。九丞からだった。
「おおむね、予定通りよ。進行途中でなにか変わったことは?」
「損耗率は予定内です。デバイス使いの離脱も一割以下ですので、まあ上々かと」
若菜はうなずいた。眼下ではすでに、包囲網が完成しつつある。
「首領を討ち取ったら、他の雑魚は逃がす形にしますよ」
「そうね。捕虜にしても仕方無いし、全部殺すとこっちも損害が大きくなるから。葵からは何か言ってきた?」
「いえ、今のところは。和歌山の瀬島が、ずいぶん心配した様子で連絡をくれましたが」
若菜は瀬島のことを思い出す。好青年だった彼は、向こうでも元気にやっているようだ。
「そう。あっちも大丈夫なのね」
「被害という意味では。意識を取り戻した葛飾一佐が、怒りを発散しているようですが」
「ご愁傷様」
ある意味、妖怪より怖そうだ。
「坊ちゃまからは、しばらく何もないかもしれませんね。正念場のようですから」
「……そう」
息子は自分たちと違って、ミスが許されないところまで昇っていってしまった。もはや口出しすることもできない、と若菜は気持ちに折り合いをつける。
「仕方無いわ。戻るから、ここは頼める?」
「はい」
デバイス使いが復活したとはいえ、京都の混乱はまだ続いている。どこもかしこも、物資を必要としていた。
何十年やっても、兵站は地味だ。あって当たり前のように、軽くあしらわれることもある。それでも、若菜はこの仕事が好きだった。
人間は消費し、時には間違える。そのことを許す余裕を与える存在になれるのだから。
眼下を行き交う車両をちらっと見てから、若菜は元いた基地へと戻っていった。
☆☆☆
「……全く、ひやっとしたぞ。予備の装置様々だな」
「君の力もちゃんとカウントしないと……ぎゃあっ」
「ほら、じっとしてろ。右はともかく、そっちは確実に折れてるぞ」
「分かった」
リアムはため息をついた。すると、艦のドクターが麻酔を持ってやってくる。
「ちゃんとした処置は下りてからになるが、できることはやっとかんとな」
「分かりました。お願いします」
麻酔がうたれ、鎮静剤の錠剤をもらった。リアムはそれを水で流し込む。しばらくすると、眠気がこみ上げてきた。
気が抜けると、ぼんやりとさっきの戦いが頭の中に蘇る。
(あの時気を失っていたのは、ほんの一瞬だった)
すぐに予備の飛行装置の音が、リアムを正気に戻す。背中は無傷だったため、左右の装置とも動作に異常はなかった。
「リアム! 動くなよ!」
タイロンの声がする。次の瞬間、海面がざわりと泡立った。
その泡の中央を、怪物の胴が通り抜ける。タイロンが叫んだ。
「捕らえろ、クロケット!」
彼の声に応じて、水中から巨大なトラバサミが現れる。冷たい輝きを持つ狩猟罠は、左右からがっちり怪物を押さえ込んだ。
「よし!」
リアムは体をよじり、立位に戻った。
あの罠はかなり体力を食う。タイロンの力が残っているうちに、決着をつけなければならない。リアムは自分の足を見つめた。
(左は完全にダメだ……使うなら右だな)
しかしそのマシな方の足も、先の方はしびれてしまっている。全てを把握したリアムはふっと息を吐いた。
そして一気に、敵へ迫る。のたうち回る怪物の喉元に、渾身の力をこめて拳を入れた。
「ゲエッ」
怪物の首が、大きくへこむ。リアムはそのまま、右足を大きく引いた。
「これで……終わりだ!」
ダメージがまだ残っている傷口に、飛び膝蹴りをたたきこむ。ブチッと気味の悪い音がして、怪物の肉がはじけ飛んだ。
そしてそこから、大量の水があふれ出てくる。するとあれだけ大きかった怪物は徐々にしぼみ、やがて皮だけになって消えていったのだ。
(よかった、勝てて)
お世辞にもスマートとはいえなかったが、なんとか勝った。及第点はあるだろう。
戦いを振り返った後、一番気がかりなことに言及した。
「……カナメ、勝ちましたか」
ドクターは首を横に振る。
「まだ何もわかっとらん」
「そう」
気落ちするリアムに向かって、ドクターはやけに白い歯を見せた。
「ま、怪我人は眠っとけ。うまくいけば、女王様がキスで起こしてくれるわい」
「それはいいかもね……」
ありえないと分かっていても、ほおが緩む。その顔のまま、リアムは今度こそ完全に眠りに落ちた。




