拳と銃
リアムは思い出した。確かに一人、嬉しいのか悲しいのか、さっぱり表情の読めない男がいたのだ。
「アオイとか言ったね。カナメの弟。確か今回も作戦に参加してる」
「恐ろしい男みたいだぞ。一旦怒らせたら、蛭のようにいつまでも食いついてきて離れない。何十年経って、相手が忘れた頃に刺しにくるタイプだ」
「ワーオ」
あの男が、そんなに恐ろしい性格だったなんて。家族全員、一筋縄ではいかない。
「でも味方につけたらカナメも説得できそうだよね。彼、クッキーとか好きかな」
「お前以外とたくましいな……ん」
呆れ顔で腕組みをしていたタイロンが、急に目を細めた。そして、急いでリアムに声をかける。
「おい、早くこっちに来い」
「敵だね」
異変を察知したリアムが小さくつぶやく。
「ああ。相手が罠にかかった。注意しろ」
タイロンがヘルメットの端から見える毛皮をなでると、彼の手元に狩猟銃が現れた。
それを彼が構える。一拍おいて、海面が大きく揺れた。高波の中から、ちらりと蛍光グリーンの個体がのぞく。
敵の正体を見極めるより前に、相手がこちらにつっこんできた。
リアムは身をよじって上空へ逃れる。タイロンが銃を撃つ音が、連続して聞こえてきた。
「タイロン、囲まれる! 上へ!」
タイロン付近の海面は、まだ小刻みに揺れている。リアムはサポートに入るため、再び滑降した。
(横!)
視界に全てが入っていなくても、気配は感じる。リアムは敵の攻撃をぎりぎりでかわした。
「はっ!」
ちょうど一匹の怪物が、タイロンを背後から追っていた。リアムはそいつに狙いを定める。
目の前をちらちらかすめ飛んでやると、向こうの方から食いついてきた。そこでリアムは、わざと相手に背を向ける。
未知の相手だ。わずかな不安がよぎった。
しかし、今まで重ねてきた経験が、大丈夫だとリアムの背中を押す。
(──来た!)
相手の気配が近づいてくる。リアムはそこで身体を回転させた。
勢いがつく。それを殺さないよう、足を放り投げるように伸ばした。
しっかり当たった感覚がある。リアムの反撃は、蛍光体の体幹部をとらえた。巨体がぐらりと傾き、水しぶきをあげながら海に落下する。
敵がいなくなったわずかな隙間から、タイロンが転がり出てきた。もう一度囲まれる前に、今度は二人で飛び上がる。
「助かった」
「良かったよ、間に合って」
そこでようやく、二人とも敵をゆっくり眺めることができた。
遠目から見れば、敵の構造は極めて単純だった。蛇のようにつるっとして細長い体に、丸いカップのような頭がついている。全身は蛍光緑に染まっていて、体側部にイエローのラインが入っていた。
「ウミウシに似てるな。攻撃パターンがつかめればいいんだが」
「囮になってみるよ。援護よろしく」
「頼む。俺の弾は、あまり深くまでいかないからな」
弾は小さく、加速度が大きいため、地上から水中へ滑り込むことができる。光の屈折があって狙いにくいことを考慮に入れれば、当てることも不可能ではない。
しかし、それにも限界がある。普通の銃なら水深三~六フィート、タイロンのデバイスでも十五フィートほどで止まってしまうのだ。彼の力を最大限に生かすためには、怪物たちをできるだけ水面近くまで引き寄せる必要があった。
リアムは足を下にして、海面めがけて進む。すると、怪物たちが浮き上がってきた。
まず二体。リアムに向かって、大きく口を開ける。捕まる前に、リアムは飛行装置の出力を上げた。
下降速度が倍以上になり、リアムは怪物の大口をすり抜ける。彼らが食べられたのは、ハワイの空気だけだ。
リアムは拳を握る。軌道はストレートと同じ、ただそれを突き上げるように放つ。
怪物の巨体がのけぞった。銃声が響き、口元にいくつも穴があく。後はタイロンに任せ、リアムは新たな獲物にとりかかった。
右からつっこんできた敵を、左ステップでかわす。相手が立ちすくんでいる間に、左フックを入れた。
それでも倒しきるまではいかない。怪物はシューシューという呼吸音とともに、再びこちらへ向かってきた。
「このっ!」
リアムは右足でローキックを叩き込み、ようやく一体を沈める。しかしすぐ横で、他の個体が口をあけていた。
(しまった!)
リアムが受け身をとろうとした時、怪物がもんどりうって倒れる。その隙に、リアムは上へ逃れた。
怪物の背中に、タイロンの弾丸がめりこんでいるのが見えた。リアムが口笛を吹くと、楽しげな笑い声が返ってくる。
「助かったよ」
「これでさっきの借りは返したぞ。──さあ、どっちが多く怪物を狩れるか競争だ」
「ははっ」
こんな状況でも、知らず知らずのうちに競争してしまう。どうしようもない兵士の性に、リアムは笑った。
殴る。
撃つ。
蹴る。
撃つ。
不規則なリズムで、しかし着実に敵の数を減らしていく。そしてついに、怪物が最後の一体になった。
「……おい、いくつ仕留めた」
「僕は二十三」
リアムが言うと、タイロンが舌打ちをした。
「俺は二十一だ。イーブンにもならん。仕方無い、あいつはやるよ」
「次頑張れ」
健闘をたたえながら、リアムは怪物の横手に回る。
右で軽くジャブを放ち、相手がよけたところでストレートに拳をくらわせる。おまけに左手のフックもつけておいた。
その甲斐あって、怪物は海面へ倒れる。すでに横たわっていた彼の仲間が抗議するように鳴き、やがて静かになった。
リアムは息を整えながら、タイロンに聞く。
「敵は?」
「新たに反応無し。付近の敵は、味方が全部片付けたようだ」
「そう……良かった」
胸をなでるリアムの眼下で、怪物たちがゆっくりと動き出した。




