その出血を食い止めろ
(とんでもない人間が、世の中にはたくさんおるのう)
都は感心した。実年齢が十も上の相手に嫉妬するのもおかしいが、彼女から目が離せない。
(今は見ておくのじゃ。成長のためにな)
子供に戻れば、一旦は忘れてしまうだろう。しかし無意識に刻んだものは、いつか必ず役に立つはずだ。
(子供の私よ、せいぜい励め)
都は心の中でそうつぶやいて、一人でにやにや笑った。
☆☆☆
不満がたまって、今にも爆発しそうな司令室。
(そろそろまずいかな)
葵がそう思った時、ようやく待ち望んだ報が届いた。
「……まだ生きてる?」
「幸いな」
明らかなオーバーワークのせいで、響は寝落ちする寸前のようだ。悪いと思いつつ、葵は口を開く。
「奴らがいるのはどこだ」
「ほとんどがDTS」
データを集めて蓄積するところだ。そこで障害が起きている。
「……原理はシンプル。侵入して増殖したあとは、管理者権限をまず乗っとる。それから、ホストとの通信に利用制限をかけたり、外部への発信を阻害する」
「手法としては、王道だな。対策は?」
「本体が生物ってだけで、対策自体は普通のウイルスと一緒」
響が言い切るからには、確かなのだろう。しかし現実には、敵の攻撃を食い止められていない。
「……ただ、問題なのは」
葵の心の中を見透かしたように、響が言う。
「奴等の増殖が速すぎる。これじゃいくらやっても、鼬ごっこにしかならない」
「そんなに単純なことか」
「……小細工でどうにもならなかったら、基本スペックで負けてる。それは兵法でも一緒じゃないの?」
「おっしゃる通りで」
彼女に一本とられたことを認めつつ、葵は話を進める。
「なら、解決法もシンプルだ。奴らが増える以上の速度で、処理を進める」
葵が言うと、響は低く「へっ」と笑った。
「……できるならね」
「そんなにこっちのコンピュータの性能が低いのか」
「しょぼいことは否定しないけど、不可能ってほどひどくない」
ならばなぜ、あんなに小馬鹿にした様子で笑ったのだろうか。葵は黙って続きを待った。
「ただ、こっちが望む処理速度を得るためには、コンピュータのほぼ全力を退治に振り分けなきゃならない。──それがどういうことか、わかる?」
葵は一瞬で、響の言葉の意味を理解した。それと同時に、喉の奥から低い声が漏れる。
「レーダー部分もか」
「全力って言ったよね」
響はきっぱりと断じる。これには、葵もさすがに考えこんだ。
(いや、今の段階ではうちのレーダーは切れる)
デバイス使いたちは怪物が近づけば目視で対応するだろう。幸い、狙撃手以外の人員は潤っている。短時間だけなら致命的にはならないはずだ。
痛いのは、砲の自動制御機能が制限されることだ。何らかの手段で、それを補わなければならないのだが──。
「あ」
葵の頭に、一つの考えがひらめいた。特別なことではない。小学生でも考えつくような、単純な方法である。
(他にはないのか?)
葵は自分に問いかけてみる。たった今気付いたことが、妙に馬鹿らしく感じられたからだ。
しかしついに、抵抗をやめる。与えられた解決法は、この上なく単純で、この上なく愚かしい。だが今の状況では、最善だった。
「響姉」
「んあ」
「コンピュータの機能をウイルス退治に振り分けたとしたら……奴らがいなくなるまで、どのくらいかかる?」
「……最短で三十分。余裕を見れば五十分ってとこ」
「よし。その五十分はなんとしても確保する。ウイルス退治、引き受けてくれるな」
「わかった」
「開始時間はこっちから連絡する」
葵は通信を切って、時計を見た。送受信に時間がかかるため、思ったより時計の針が進んでしまっている。
「待たせてすまん。ひとつ確認だが、速射砲の発射は、手動に切り替えられるな?」
葵は部下を捕まえて質問する。彼は、厳しい声でそれに答えた。
「あらゆる場合を想定していますから、可能ですが……」
「それはよかった。今から使うから準備してくれ」
「二佐!」
決断に対し、方々から厳しい声が飛ぶ。しかし、葵は考えを撤回しようとはしなかった。
「他艦にも連絡しろ。今後DTS内のウイルス様生物が一掃されるまで、砲は手動で動かす。発射のタイミングは、タイムラグも考慮した上で俺が口頭で指示する」
「無茶です」
「一発でも当たったらどうするんですか」
葵は凝り固まった眉間を、指でほぐしながら非難に向き合う。
「お前たちもやるか。肩の力が抜けるぞ」
「…………」
部下たちは舌打ちしそうな顔で、葵と同じ動作をした。
「落ち着いたか?」
「はあ、まあ……」
「通信システムは艦隊の命綱だ。そこにエラーが生じれば、致命的な弱点になる」
根本的な治療を行わず、だましだましでいけばその時は楽だろう。しかし時がたてば、必ずそこから大出血を起こす。
「五十分。それで修理は完了する。その間だけ、俺に砲を任せてくれ」
葵がダメ押しをすると、部下たちもようやく折れた。
「わかりました。その他の細かい指示は、艦長と副司令が担当します」
覚悟が決まると、全員がてきぱき動き出す。しばらくしてから、葵は響にゴーサインを出した。




