天然と理論派
「……化かすつもりなら、こげながっちゃいモンを持ち出すなや」
少女のつぶやきが聞こえる。都は正面を見つめた。
海にぽっかりと、黒い楕円状のものが浮いていた。そこに何発も銃弾がめりこんでいる。
「そろそろ割り当ての時間さ。あとは任す」
少女はそう言って、銃のレバーを引く。がしゃんと音が鳴り、甲板に薬莢が散らばった。
「ああ。また後での」
都は返事をして、海に向かって歩を進める。すると先程の黒い物体が、徐々に上へ上へと昇ってくる。
「あの黒いのは、体の一部か」
波の下から、巨大な生物が初めてその姿を現した。全体としては魚に似ているが、目と口がとにかく大きい。
「刺身にしても、食いでがなさそうじゃのう」
都がつまらなさそうに言う。それが聞こえたのか、怪物が目を忙しなく動かした。
都は刀の柄に、左手人差し指をかける。そのまま刀をくるっと回し、腹の力を使って鯉口を切った。
刀が完全に鞘から抜ける。都は刀身を振りかぶり、怪物に切りつけた。
「……ふう」
動作が完全にうまくいったことを確認してから、都は刀を鞘におさめた。きん、と音がした直後、怪物の体が中央から二つに割れる。
意外とキレイな桃色の腸をさらけ出したまま、怪物は水中に沈んでいった。他に敵の気配はない。
「固まってやってこんのか。一枚岩ではないようじゃのう」
危険が去ったのを確認した都は、意識して体の力を抜いた。
戦いは長い。ずっと緊張していると、変な形でこりが残ってしまう。
「片付いたか?」
「うむ……ええと」
離れていた少女が戻ってきた。彼女の名前をど忘れして、都は黙りこむ。
「門別。門別鶫」
沈黙に耐えかねたのか、少女の方から名乗ってくれた。都はばつが悪くなって、頭をかく。
「名前を覚えるのが苦手でのう」
「じゃあ、大成はしないさ」
門別が呆れた様子で言う。確かにその通りだ。
「顔はわかるが、どうにも文字が浮かんでこぬ。助けてくれ」
「あっけらかんと言うさ。鍛練せい」
正直に言ったことで、門別は毒気を抜かれたらしい。肩を落とした。
「なあ。あんたはなして、ここにおる」
「んー」
門別が問いかけてきた。それと同時に、敵接近の報が入る。同種の別個体だろう。
「あれはヒレじゃの。一部だけ出して何のつもりじゃろうか」
モニターを見た都は、首をひねった。
「……目立つからな。あれにつられて集まってきた船を、口でぱっくりいくんだわ」
門別が立ち上がった。しかし今度は、航空機から放たれたミサイルが敵に直撃する。たちまち炎と黒煙があがった。
「おおー」
「わりと近くに落としたな。防御デバイスがなかったらこっちがやられてるべ」
門別はよっこらしょ、とつぶやきながらまた同じ位置に座る。幼児体型のため、彼女の背中は丸い。
「さっきの問いじゃがな」
「ああ」
「難しいことはようわからん」
都がはっきり言うと、門別が前にのめった。
「あんたなあ」
「力があって、戦う必要があった。それだけのこと、子供の考えじゃな」
都は根が単純な性格である。まだやりたかったからここに来ただけで、誰のせいでもない。
「子供って……あんた、私と同じくらいっしょ。いかんぞ、高校生がそんなことでは」
「そうかのう」
実年齢は八歳なのだから、そこは割り引いて考えてほしい気もする。
都がどう説明しようか迷っていると、不意に門別が口を開いた。
「うちの田舎は……寒くってのお。冬に一晩外で寝たら、確実に凍死よ」
縦に長い日本列島は、国の中に多彩な気候がある。門別のいた北海道は、最も自然条件が厳しいところだ。
「備えはしてたさ。しかし、妖怪が雪を降らせば人も物も動けねえ。生き残るには、来た任務をこなすしかなかった」
デバイス適性があるものは、戦いの地に向かう。やりたいかどうかなど、考える余裕すらないと門別は言った。
「こんな物言いだから分かりにくいと思うけどよう。あんたの父ちゃんたちには感謝してんだ。手厚い支援をしてくれてる」
しかしな、と門別は言葉を切る。
「考えてしまう時があるのさ。何故自分はこんなことを続けてるのか、と。他の生き方はなかったかと。他に強い奴がいたら、聞いてみたかった」
「それでこっちに?」
「それだけでもないが、少しはな」
「……門別、そなたぽえまーじゃのう」
「ふぐっ」
都の言葉を聞いて、門別がむせた。
「詩人と言うた方がよかったか。そんなに考えたら、他人より早く腹が減ろうに」
「悩み事とかなさそうだな、お前」
「当たり前じゃ。飯がまずくなるではないか」
「食うことしか考えてないさ」
「それが一番肝心なことじゃ」
都と門別の言い合いを聞いた同僚たちが、「正反対とはこのことだ」とつぶやく。紫もちらっとこっちを見て笑った。
「大体、人生っちゅうのはゆるくないもんで──」
門別がムキになって言った時、また船体が揺れた。都たちの船の真下、その水面が渦巻いている。
「ぐうっ」
転がった乗組員たちが、苦悶の表情を浮かべる。都はあわてて、船のへりまで走った。




