忍び寄る蟲
眼球の横から、突起が頭を出した。様々な金属をつなげた機械で、いりくんだ構造になっている。
「以前倒した船にあった部品です。もちろん、食いつくした後に再現した複製ですが」
「よくできたな」
「あのまま無にしてしまうのは惜しいと思いましたので。手間はかかりましたが、色々と面白かったですよ」
思考体たちは、とりつく対象を選ばない。実体を持っているものであれば、そこへ入り込んで解析する。完全に対象を理解すれば、天魔雄の肉体の一部を使ってそれを再現することもできるのだ。
「これは通信装置です。情報を目に見えない波に乗せて放ち、同じ装置で今度はそれを受け取って解析する。もちろん読み取られないよう、妨害機能もついています」
「読めたのか?」
「ええ。信号の一種ですから、必ず規則というものがあります。それがわかれば、後はずるずると」
「うまく使えば、奴等の足枷になるのだな?」
「間違いなく」
「よし、ならそれをよこせ」
「かしこまりました」
目玉は返事をすると、すぐに天魔雄の中に溶け込んだ。彼の提供した情報を元に、天魔雄は通信機器を量産する。
「待っていろ、生意気な奴等め」
声は向こうには届かない。しかし天魔雄は、延々笑い続けた。
☆☆☆
「……遅い」
葵の頭の中に、疑念がわき起こる。イージス艦に、異変が起こったのではないかと。
「二佐?」
「レーダーからのデータが、遅れている」
電波を飛ばすと、なにか物に当たった場合反射して返ってくる。これを利用したのが軍事用レーダーだ。返ってきた波のデータは、無線で届いた後に管制とのデータ交換を経てターミナルに蓄積される。葵たちはそこに端末でアクセスして、閲覧し対策を練るのだ。
近代戦では不可欠な作業であり、全ての艦がこのシステムに依存している。そこに異常が起きているのを、放ってはおけない。
「平均して一秒から二秒、遅れている。何か原因があるはずだ」
「分かりました。まずはアンテナに異常がないか確認させます」
調査の結果が出るまでの間に、葵はアメリカ側に同じ報告をする。少将も事態を重く見て、すぐに対応すると答えた。
「二佐。整備部からの報告ですが……アンテナ各部に、異常はみられません」
葵は心の中でため息をついた。物理的な故障の方が、気が楽だったのに。
「異常なし、全てだな」
「各アンテナ、空中線、ECM。いずれも異常ありません」
「そうか」
事態は最悪の方向へ進んでいた。全ての艦で、同じ症状がみられるようになったのである。しかも、ずれは時間を追うごとにひどくなっていった。
「信じられんが、ウイルス様のものが侵入したとしか考えられんな」
葵がつぶやくと、部下たちから一斉に抗議の声があがった。
「化け物がそこまで?」
「そもそも、こっちがどうやって武器を動かしているか知らないでしょう」
「そうです。奴がこの世界に生まれてから、まだたった数日ですよ」
「しかしその数日の間に、大量のサンプルを手に入れている。そうじゃないか?」
葵が言うと、部下たちが顔を見合わせる。
「バークはじめ、他十数隻が攻撃を繰り返した。解析するには十分だっただろう」
天魔雄の精神年齢はそう低くない。遊び相手とやりあいつつ、対策を練るくらいはしたに違いなかった。
「でも、プログラムの中にどうやって侵入したんでしょう」
「それは今の段階ではわからない。とりあえず、姉貴のウイルス駆除プログラムを試してみるしかないな」
日本側の電子機器全てに、響がウイルス・バグの駆除システムを送り込んでいる。それを起動して、様子をみることにした。その間に、葵は少将に連絡を取る。
「おお、まだ生きてるか。本物だろうな?」
「ご心配なく。こちらはアンチウイルスプログラムで様子を見ていますが、そちらはどうですか」
「こちらはまだ異常ない」
「ん」
葵は声をあげた。天魔雄が参考にしたのはアメリカ艦のはずだ。無傷なのは意外だった。
「まあ、そっちはうちのシステムを参考にしてるからな。基本構造が解析できれば、かえって侵入しやすいかもしれん。予算の差でな」
ぐうの音も出ない。二つ陣営があるなら、守りの薄い方から攻めるのが戦の定石である。
「とにかくこっちは心配するな。ジャミングや衛星データ妨害をうけた場合の訓練もしてる。崩れたりはせん」
「了解。三千院一佐が本体を片付けるまで、隊列を維持してください」
「わかった。野蛮の国のお姫様に、よろしく言っておいてくれ」
うまいことを言う、と葵が感心している間に通信が切れた。葵はコンソールに張り付いている技官に顔を向ける。
「どうだ」
「通信速度……やや回復しましたが、通常には戻りません」
駆除は成功しているが、殺しきるまでには至っていない。響もこの状況を知っていて、気をもんでいるはずだ。
「今のところ致命的な遅れにはなってませんが……心配ですね」
部下がこぼす。葵もそれに同意した。
「もともとこの作戦は、相手に撃たせないことが前提だからな」
艦の数には限りがある。天魔雄の砲台がボコボコ増えたら、とてもじゃないが追い付かない。そのために、レーダーで相手の様子を見ていたのに。
「予定の行動に遅延が出ないよう、作業を徹底させます」
「……そうだな。今のうちに補給を済ませておけ。ロープや給油ラインを切られないように注意しろよ」
「分かりました」
艦への補給は未だに原始的なシステムで行われていた。二つの船の間にロープを通し、コンテナに入れた物品をやり取りする。石油の場合は、ロープのかわりに給油パイプを通すことでこれを行う。
怪物たちからすれば、動きの止まった船たちは狙い目である。葵は持ち場の決まっていないデバイス使いたちに、補給中の監視を申し伝えた。
さらにそれから時が経つ。しかし、響のプログラムが動いているにも関わらず、沈黙の時間は長引くばかりだった。




