毒の飛沫
「ほーらみなさい、ディラン」
「お前もだ、マリアナ」
「……う……」
言い返せずに口ごもるマリアナを見て、モニカがくすくす笑いだした。
「相変わらず公平ね、タイロン。お父様の影響かしら」
「……やあ、ロドリゲス少尉」
無線先の男が、妙に固い声になる。全くへこたれていないディランが、すかさずそれに食いついた。
「なんだ、婚約者に向かってずいぶん固いね。そんなんじゃ、捨てられても知らないぞ」
「任務中だ。この部隊は特別なチームだが、それに甘えて勝手が過ぎる」
「相変わらず真面目が服着てるような男だね、君は。艦隊と違って、僕らにはある程度の裁量が与えられてるんだよ」
「だからといって」
「日本側のデバイス使いがねじ穴を抑えてくれているうちは、そう忙しくはならないよ。問題は、彼女に異変が起きたときだ」
タイロンはその反論を聞いて、鼻を鳴らした。ディランはさらに続ける。
「断言しとくよ。敵は確実にあっちを狙う。そうすれば手数が段違いに増えるからね。日本側が守りきれなかったら、その時は地獄の連続出勤だ。今のうちに会話を楽しんどかなきゃ」
「そういうのを屁理屈と言うんだ」
「……ナアムもかわいそうに。こんな堅物と組んでたら、息が詰まって仕方ないだろう。サナメについての話くらい聞いてやってるか?」
「あっ、バカっ」
さっきまでの冷静さとはうってかわって、タイロンが声をはり上げる。しかしそれでも、ディランの言葉を全てかき消すことはできなかった。
「サナメ? ……カナメ?」
半分死にかかっているような、若い男の声がする。ディランとマリアナが、思わず目を見合わせた。
「……さっきからずっとこの調子だったんだ。やっと立ち直らせたっていうのに、余計なことしやがって」
「あらタイロン。リアム、どうしたの?」
「任務中だぞ。階級で呼べ」
「タイロン、お願いよ」
「…………」
このカップルのうち、どっちが主導権を握っているかが今のではっきりした。ディランがしてやったりという顔でにやついている。
「そうねえ、やっぱりあんなモンスターと戦うなんて心配だものね」
モニカはそう言って首を傾ける。確かにこの包囲網の中心にいるのは、想像を超える能力を持った化け物だ。
核攻撃を無効化し、艦さえ沈める不落の城塞。
そんな敵に立ち向かうようなことになったら──
「…………」
「…………」
「あら、どうしたの二人とも。急に黙り込んじゃって」
「思ってることを正直に言っていい? 超喜んでる姿しか思いつかないんだけど」
「珍しく君と意見が一致したね、マリファナ」
「マリアナ」
舌打ちをしつつも、マリアナは確信を深めた。自分たちですらそう思うのだから、リアムが分かっていないはずがない。
「だったら何よ。教えてよ、タイロン」
「ほら、マリアナも知りたいって」
女二人にじりじりと詰め寄られ、タイロンはとうとう悲鳴をあげた。
「……分かった分かった。なんでもな、カナメに『姉弟』だと言われたらしい。それも、とても嬉しそうに」
「まあ」
モニカが目を丸くする。ディランがわざとらしく肩をすくめた。
「普通ならどうということもないんだけどねえ。恋愛対象にそれを言われてしまうときついなあ」
マリアナも同感だった。要の場合、照れも恐れも何もない。彼女が言うからには、内心もそれとそっくり同じなのだ。
「関係性は深まったようだけど」
「恋愛対象としては後退しちゃったものねえ」
「ううう……」
リアムの低いうめき声が聞こえてくる。タイロンがため息をついた。
「こいつの唯一の泣き所だからな。まあ、丈夫な男だからそのうち立ち直るだろうが」
「そう……」
「なら……大丈夫かしら……」
ひと安心したところで、急に吐き気がこみあげてきた。マリアナは体を折って、なんとか嘔吐するのを防ぐ。
(これは……ガス?)
もちろん、敵が毒を使ってくるくらい想定済みだ。マリアナもモニカも、携帯用のマスクで鼻と口を覆っている。薄いマスクだが高性能のフィルターが入っており、大半の有害成分を阻害できるはずだった。
しかしきっちり装着しても、症状が少しも良くならない。流石のマリアナも、これはどうにもならないと判断した。
(本部に連絡──)
しかし、指先が思うように動かない。必死に歯を食いしばったが、マリアナはついに意識を手放した。
☆☆☆
「くそっ、忌々しい奴等め」
予想外に善戦する人間たちを見て、天魔雄は苛立っていた。
「最初の連中の時は、あっさり死んでいったのに。何が違う、やはりあの一体か」
自分の光がわずかに届かなかった、光る小虫。あれが生き残っていたとしたら、こちらの情報を仲間に漏らしていてもおかしくない。
忌々しい。全く、人間というのは厄介だ。
「奴らを殺す手立てを見つけなければ」
「その通りです」
天魔雄のつぶやきを聞いて、腹から巨大な眼球が伸びてきた。
天魔雄の体内には、様々な思考を持つ生物が同居している。彼らには天逆毎から蓄積された知識があり、彼女が不在の間天魔雄の補助をすることになっていた。
ゆえに天魔雄も、彼らにはある程度勝手に振る舞うことを許していた。
「なんだ」
「奴等がどうやって連絡を取り合っているかがわかりました」




