異国の戦士たち
「マリアナ、そっちに行ったわ!」
モニカに声をかけられて、マリアナは大きくうなずいた。
「イシュチェル!」
バックルから生じた水が、前方に壁を作る。その直後、鋭く尖った剣がいくつも壁に刺さった。
水壁は剣を空中に固定し続ける。剣の周りの水だけが、じわじわと赤色に染まっていく。
「ワオ、毒かしら。芸のないこと」
マリアナの悪口が聞こえたのだろうか。それからも剣が放たれるが、何回突き刺さろうと彼女の心が乱れることはなかった。
「九、十、十一……これで十二。弾切れね、坊や」
マリアナは防御を解除する。彼女の目の前には、巨大な巻き貝がいた。
毒々しい赤と緑が混じった貝殻の中から、灰色ののっぺりした足がのぞいている。大きく開かれた口の中は、コールタールを流したように真っ黒だった。
「さよなら」
水の蛇が、次々と巨大な貝の体を噛み荒らす。数分の猛攻の後、外殻もろとも怪物は砕け散った。
「ヒュー」
マリアナは口笛を吹く。しかし、喜んでばかりもいられない。
「ディラン、モニカ! そっちにまた反応ありよ、合計二体!」
「分かったわ」
味方の返事と同時に、海面が盛り上がる。さっきと全く同じカラーリングの貝たちが、水中から姿を現した。
そしてマリアナの時と同じように口を開ける。今度は防御壁がないので、中に大きな歯があるのが見えた。
貝が口をすぼめる。そして一気にゆるめた。
再度開いた口から、マリアナが受けたのと同じ剣が飛び出してくる。あの剣は、貝たちの歯だったのだ。
貝本体の動きはとてもゆっくりしている。それに油断して近づいてきた敵を、飛ばした歯で沈めるという戦法なのだろう。
「貝の割には、よくできてるわよね」
しかしあくまで、貝の割には、だ。戦い慣れしたデバイス使いたちは、そんなものに遅れはとらない。
空中に放たれた剣が、次々と炎に包まれる。推進力を失い、真っ黒になった残骸が次々と海に落ちていった。
「全部当たったわ。ケツァルコァトル、お手柄よ」
自らの戦果を確認し、デバイス使いが歓声をあげる。彼女もマリアナと同じように大きな蛇を従えているが、こちらは頭の横に翼がついている。
全身の鱗も虹色に輝いているため、夜の戦場にあっても彼女──モニカだけはよく目立っていた。しかしそれは、いいことばかりでもない。
歯を失った貝たちが、モニカめがけて押し寄せる。飛び道具を失ったので、自重で押し潰す気だろう。
「あらー、こんなに一杯。ディナーの準備がはかどりそう」
モニカは長い金髪を揺らし、にっこり微笑む。基地内でヴィーナスとたたえられる、魅力的な笑顔だった。
だが彼女の手に握られている凶器は、そんな印象も覆してしまう。全長三メートルを超える、長弓。しかもそれは、不気味な形の骨が組み合わさってできていた。
モニカが弓を引く。大の男でも苦労しそうな作業を、彼女はやすやすとやってのけた。
「Fire」
モニカがつぶやく。すると今まで空だった手に、骨の矢が握られていた。
その矢が、次々と放たれる。ある矢は口内へ、ある矢は目へ。固い甲殻を避け、矢は貝の弱いところを確実に射抜いていった。
ついに耐えかねて、貝が水中へ崩れ落ちる。そんな彼らに向かって、モニカは投げキスをしてみせた。
「もうちょっと待っててね。あとで船が来たら拾ってもらうわ」
「げ……本気で食う気なのアンタ」
「あんな大きな貝、放っておけないわ。バターでソテーしたらきっとおいしいわよ」
「アンタはそう良いながら、バター以外のものも入れるじゃないの」
「そうだったかしら」
「この前カナメと組んでやらかしたのをもう忘れたの!? あのドドメ色のシチュー食った全員、病院送りだったじゃない」
「グリズリーの肉がね、固くって。煮込んだらなんとかなると思ったんだけど」
嘘だ。煮た以外に、絶対に何か余計なことをしたに決まっている。パソコン素人の『何も触ってない』と一緒だ。
「やあやあ、美しい人たち。不毛な会話はやめないか」
マリアナが口を開こうとした時、男が通信に割り込んできた。
「あんたは黙っててよ、ディラン。関係ないじゃない」
「ほう。あのシチューを一番多く食べ、生死の境を三日間さまよった僕が関係ないとは、ひどい言い草じゃないか」
少し怒りを含んだ声とともに、黒いツイードのスーツに身を包んだ男が姿を現す。
(この暑いのに。制服はどうしても嫌だってゴネやがって)
マリアナは心の中で毒づく。この男、サングラスまでかけているので余計に暑苦しさが増していた。
「やあ、マニカにモリアナ」
ディランはサングラスを上げ、うやうやしく女性陣に礼をする。しかし、マリアナはちっとも喜べなかった。
「出た、人の名前を覚えない男」
「努力はしてるよ」
ディランはそうのたまってから、二人の顔を交互に見つめる。あまりにしつこいので、マリアナは水をかけてやった。
「そんなんだから、表に出せない男って言われるのよ」
「自分の気持ちに正直なだけ」
「格好つけて言うんじゃないわよ。今やあんたは公式取材に出せない危険物なんだからね」
「出せないなら入り込むまでだね」
「すぐ見つかって、喋りに音かけられたにしては威勢がいいじゃない」
「あれはねえ」
「そろそろ私語は慎まないか。作戦中だぞ」
言い争うマリアナとディランに向かって、別班から注意の声がとんだ。




