裏方にも人生有り
「防衛地点奪取ね、わかった。一気に回り込む勢いで攻め込んでちょうだい」
報告を聞いた若菜は上機嫌であった。愛用の重突撃銃をたたきながら、立ち上がる。
「さて、これで戦局が動き出すでしょう」
ただし、若菜は九丞たちが本当に背後をとれるとは思っていない。相手だって必死に抵抗するのだから、そうそう上手くいくはずがない。
「破らなくていいの。それっぽく見えれば」
若菜がつぶやくと、傍らの部下が目をむいた。
「そうなんですか?」
「お、若いね君」
若菜は少し、年長者風を吹かせたくなった。
「この作戦はね、必ずしも敵をやっつける必要はないの。相手に『主力が海から来た。放っておいたら回り込まれるぞ』と思わせたら勝ちなのよ」
敵に囲まれるということは、確実に味方を不利にする。海側からの攻めは人間側にとって危険が大きいが、成功すれば包囲が完成する可能性は大きく高まる。妖怪たちにとって、最も避けたい展開だった。
だからこそ、海側の動きに敵は敏感になる。主力を送ったのではないかと勘ぐる。それが、最大の弱みになるとも知らずに。
「すでに高台は奪取した。そこへ手勢を割いたときが、終わりよ。数が減った隙をついて、私たちは陸側から一気に本物の主力を突入させる」
見た目の数はほぼ均等にしたが、Aクラスのデバイス使いはほとんど陸側にいる。陽動にひっかかって手数を失った敵陣を食い破るのが、彼らの仕事だ。
「だから、暇なのは今だけ。本体が動き始めたら、補給隊もごった返すわよ」
間もなく、若菜の言った通りになった。
怪我人は医療スタッフへ引き渡し、減った薬や治療器具を補充する。燃料や弾薬を求めるトラックがあれば、それを満タンにして返してやる。
戦況が順調なので、それ以上のことを求められはしなかった。しかし、次々やってくる要求に対応するには体力・気力が要る。若菜は慣れているので淡々としたものだが、来たばかりの新人は次第に渋い顔になっていった。
「疲れた?」
若菜が聞くと、彼らは正直に首を縦に振る。
「想像よりハードです」
「することがこんなに多いなんて。準備はしてきたのに」
数多の新人が通ってきた道だ。若菜は苦笑した。
「現場は思い通りにならないからね。間違いややり直しはあって当たり前だし」
若菜が言うと、目の前の何人かが不満そうな顔をした。口には出さないが、腹の中身は明白だ。
(ちょっと向かない子がいるなあ)
その面子の顔を記憶にたたきこみながら、若菜は穏やかに告げる。
「私たちは現場に余裕を作るのが仕事。──だからね、相手が雑だとか間違ってるとか、あんまり細かく揚げ足取りしない方がいいわよ。反対の立場になってみればわかるわ」
若菜も以前は、補給部隊ではなく前線にいた。その頃はまだ今のような秩序立ったシステムはなく、現場は常に『うまくやる』ことを求められていた。
常に順調にいって当たり前、欲を言うなら期待以上の成果を出せ。
そういう重圧をかけられ続けた人間は、いずれ壊れる。若菜も昔はどん底まで落ちたことがあった。
「間違えても次がある。そう考えられるところが、最終的に勝つんじゃないの?」
言い含められた新人たちが、気まずそうに顔を見合わせる。ちょっとやりすぎたかな、と若菜は反省した。
(私だって、この結論に自力で辿り着いたわけじゃないし……)
若菜の脳裏に、人の良さそうな男の顔が浮かぶ。結婚して数十年経った今の姿ではなく、まだ坊ちゃん風味が抜けていなかった頃の顔。
見るからに頼りなさそうな風体をしているくせに、落ち込む若菜に向かって淡々とこう言ってのけた。
〝君のせいじゃないよ〟
現在ならすぐに本音だとわかる。しかしあの時の若菜には、それは気休めにしか聞こえなかった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、首を振っている過去の自分。子供のような醜態をさらす若菜に向かって、昴はさらに言った。
〝悪いのはね、道を一本しか用意しなかった上層部だよ〟
若菜はやっとの思いで、どういうことだと問い返す。
〝状況なんて動くんだ。例えばどうしても外せない用で大阪へ行かなきゃならないとする。けど、いつも使う路線の電車は事故で止まってた。そうしたら、他の路線や交通手段を使おうとするのは当たり前だろう?〟
若菜はまぶたをこすりながら、うなずいた。
〝その時、『どうしてもいつもの路線を使わなきゃだめだ。なおかつ、定時に到着しろよ』って言う奴がいたら、そいつの神経を疑わないか?〟
彼が言った光景を想像して、若菜は思わず噴き出した。
〝この前まで君がおかれていたのは、そういう状況だ。だからね、君は自分を責めなくていい。大事なのは、これからどうするかだよ〟
若菜は息をつき、現在の世界に意識を戻す。思えば、あれが長い付き合いの始まりだ。
「敵が動きました。陸側を固めていた蛇骨婆と亡魂が、海へ向かって移動しています」
「よしっ」
吉報だ。若菜は拳を握った。
「行ってくるわ」
古参兵に声をかける。長い付き合いの彼は、したり顔で答えた。
「はいはい。毎度言いますが、作戦上はあなたが行かなくてもいいんですよ」
若菜は片耳をふさぐ仕草をしながら、彼に笑いかける。
「ここはお願い」




