表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
644/675

どうか貴方の口から聞かせて

「今、必要なのは祈りではない。自ら立って戦う覚悟だ。それなき者は全てを失い、さ迷うことになるだろう。しかし、勇気さえあれば絶望するにはまだ早い」


 あおいはここで、日本に残してきた部下たちのことを思った。


「ここにいない者は、後方で持ち場を守っている。君たちに告げておく。最前線で戦う我々は、常に勝利を目指している。だから絶望しないでほしい。明日で世界は終わるのだという、詐欺師の口車に乗らないでほしい」


 悲しいことだが、大規模な災害が起こると必ず火事場泥棒が起こる。世界が危ないと思えば、やけになる者の数は普段の比ではないだろう。そんなことになったら、戦う者たちが報われない。希望さえあれば、最悪の未来は回避できるのだ。


「次に、この海に集まった兵たちに。君たちは国も言語も、育ち方も宗教も異なっている。大きい者も小さい者も、強い者も弱い者もいる。しかし一つだけ、共通していることがある。──その背のさらに後方に、愛すべき故郷が存在していることだ」


 無線からのざわつきがやんだ。今、葵は本当に何の邪魔も入らない状態で話をしている。数万の兵士に向けて。


「港町。青い山々。ビルの群れ。木造の小屋。坂道。花畑、大河に小河。思い浮かぶ景色は様々だろうが、君たちにはあるはずだ。ここだけは他の者に踏ませてはならないと誓った場所があるはずだ。それがない者なら、厳しい訓練に耐えられるわけがない」


 何のために。

 誰のために。


 毎日繰り返される訓練は、肉体に問いかけてくる。


 それに相応しい答えを見つけられないと、心の方が折れてしまう。国を問わず、軍というのはそういう場所だ。


「全ての兵にもう一度告げる。後ろは故郷だ。君らがいつか帰る場所だ」


 さあ、決断の時間だ。


「今ここに集まった戦力以上のものを、人類は二度と用意できない。負けるということは、故郷を失うことに等しい。それを許せると思うものは、この場から直ちに立ち去るがいい。危機に瀕してもなお、協力できないと思うものは、立ち去るがいい。そのための飛行機はくれてやる」


 葵は待った。周囲から反応はない。


「残ったものは、持っている力を一つの目標に集中させよう。我々がいる世界は理想にはほど遠いが、滅びてもいいほど歪んではいない」


 葵は両手指を組んだ。最後の呼びかけが、今から始まる。


「行くとしようか、諸君。明日からも世界のどこかの故郷で、怒るために、泣くために、笑うために、そして楽しむために」


 葵は話し終えると、椅子に腰かけた。しゃべっている時は全く気づかなかったが、口の中がからからに乾いている。


 ペットボトルから水をがぶ飲みしていると、波のような音がかすかに聞こえてきた。


「どこかで浸水でもしてるんじゃないか」


 葵が言うと、傍らの部下たちが一瞬顔を強ばらせる。しかし、すぐに彼らは笑いだした。


「ああ、二佐は耳の具合がよくないんでしたね。これは水音じゃありませんよ、拍手です」

「は?」

「向こうのお国柄ですかねえ。日本人は、ここまで派手なものはまずしませんが」

「…………」


 理由がわからず、葵は反応しかねた。すると、無言で通信機を渡される。


「カールビンソン艦長、ルーカスだ」

「どうも、少将」

「よく吠える小僧だな」


 海と空にその人生の大半を投じた男の声は、少しざらついていた。回線越しであってもすごみのある声が、キャリアの違いを感じさせる。


「年は?」

「十八です。確かにあなたに比べれば青二才だ」

「誰にだって十八の時はある。俺の十八がどんなか知ったら、驚くだろうな。艦隊背負って演説するといったら除隊ものだ」

「それでも出世しておられる」

「お前のいう、故郷のおかげだ」


 艦長の声に、少しだけ喜色が混じる。


「俺はカリフォルニアの南で生まれた。うちは貧乏だったし、田舎町だから周りにあるのは砂ばっかり。なんでもっといいところに産まれなかったのかとずっと思ってた」

「子供らしくて結構」

「しかしある年、秋に大雨が降ってな。何が起こったか、わかるか」


 大体の見当はつく。しかしルーカスが話したそうだったので、葵は黙っていた。


「砂漠一面に、花が咲いてた。スーパーブルームという御大層な名前があるらしいな」


 乾燥地に雨が大量に降ると、休眠状態だった種子が一気に発芽して花を咲かせることがある。少将はそれを現地で見たのだ。


「あの時の光景は、今まで忘れたことがない。俺は学もないし背も低かったし、はじめから恵まれてるわけじゃなかった。上官から『辞めてしまえ』と言われた回数は多すぎて忘れた。──だが、それでも耐えられたのはあの花を覚えてるからだ」


 種さえあれば、一回の雨で砂漠に花が咲く。自分の中に種を作って雨を待て、いつかきっとその日はやってくる。そう思ってつらい時期をやり過ごした、とルーカスは語った。


「今となっちゃ、苦労も笑い話だがな。うちの副官にも部下にも、そんな景色がある。考えるのは、そのことだけで十分だ。面子にこだわる必要はない」

「……少将」

「確かにガキだが、見込みがある。この戦場ではお前が指揮官だ。──命令しろ若造、これより米軍第三艦隊がお前の手足だ」

「心得た」


 一言返すのが精一杯だったが、自分のなすべきことは決まった。後は言葉はいらない、ただ成功させるだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ