昨日の我に
空気が揺れる。馬が正面から突っ込んできた。薬丸は体をよじってかわす。
「ちっ」
振り向き様に攻撃するには、距離が足りない。薬丸が舌打ちした。馬の方はぐるぐると小さな円を描き、薬丸の喉に食らいつこうとしている。
(図体のわりには、攻撃範囲が狭い)
塚原は少し離れたところで雑魚退治をしながら、様子を見守っていた。
(しかし……なんか妙だな)
馬の様子に、塚原は違和感を抱いた。
(あいつも気づいてるのか?)
薬丸に声をかけようとした。だがその時、さっき九丞が追い払ったはずの唐傘たちが戻ってくる。
「嫌なのが来た!」
塚原はAクラスの中では、並みの使い手である。斬撃を飛ばすような器用な真似はできない。よって、上空から襲ってくる敵は苦手だ。
攻撃のために間合いに入ってきた敵の気配を察して、斬る。そんな地味な動きを繰り返すことで、手一杯になった。
苦戦する塚原をよそに、薬丸は徐々に馬との間合いをつめていく。そして彼が、わずかに腰をかがめた。『抜き』の前兆である。
薬丸の目が殺気でぎらついた……と思ったら、彼の刀はすでに鞘から抜けていた。
「はあっ!」
敵から見えにくいと言われる、下からの斬り上げ。斜めからの斬撃は、的確に馬の首をとらえた。
頭部が切断され、宙を舞う。悔しげに口を開けたまま、それは地面に落ちた。
「往生せい」
薬丸が刀を持ったまま言う。そして、塚原に向き直った。
「手伝うか?」
「いらないよ」
さっきと立場が逆の会話をする。その時、薬丸の背後で何かが動いた。
「やっぱり、そうか」
塚原が納得すると同時に、馬の首が起き上がり、薬丸に向かって突進する。青く不気味に光る目は、獲物を捕らえる喜びに満ちていた。
「ははは」
しかし、嬉しがっているのは妖怪だけではない。薬丸も同じだった。
「やっと正体を現したな」
薬丸が抜きの手を返す。そのまま連続して、掛りと呼ばれる強烈な打ち下ろしが始まった。
「……九州剣術は、これが怖いんだよねえ」
忘れられがちだが、刀は質量の塊である。それを容赦なくぶつけられれば、ただ斬られるだけでなく体組織が崩れる。素材が鋼でないデバイスでも、同じ効果があった。
「はあっ!」
とどめに斬り下げが入った。挽肉状になった馬の首が真ん中から割れ、今度こそ動かなくなる。
薬丸はそれを確認してから、馬の胴体に向き直った。
「……で、お主はどうする?」
胴体がぎくりと痙攣した。明らかに出てきた時よりも、汗の量が増えている。
「…………」
胴体は無言のまま、立ち上がる。そして薬丸に尻を向け、脇目もふらずに逃げ去っていった。
「いいのか?」
「あれを攻撃するのも、気が引けるだろう」
確かに、と塚原は同意した。最終目標は討伐ではないし、これくらいの裁量は許されるだろう。
「聞こえますか?」
ちょうどいいところで、九丞からの通信が入った。
「今、一般兵たちが到着しました。布陣が済み次第、そちらと合流します」
「了解」
ここにとどまっているのもあとわずかだ。塚原は敵がいないのを確認してから、腰を伸ばす。
「驚かなかったな」
薬丸が何のことを言っているか、塚原にはすぐにわかった。
「気付いてたからね」
「いつから」
「あいつが出てきて間もなく。ああ、これは首と胴体が別の妖怪なんだって」
塚原が言うと、薬丸は口をへの字にした。
「なんだ。どこで気付いた?」
「だって、おかしいじゃない。胴体にはやたら汗かいてるのに、首の方は何もないんだから」
「お前はまた、そういう賢げなことを言う」
恨めしげに言われて、塚原は目をしばたいた。
「そっちもそれで気付いたんじゃないのか」
「俺は、なんとなくだ」
胸を張って言うことではない気がする。
「相変わらずの感覚派だねえ」
「なんとなく、胴と首の動きが合っていない感じがしてな。警戒してたら、読みが当たった」
「ははは。すごい勘だ。観察力がつけば無敵だぞ」
塚原が茶化すと、薬丸はその場で立ちすくんだ。
「……この年になると、なかなか新しいことはな」
そんな彼の言葉に、塚原もうなずく。
「特に我々は、凡人だからねえ。自分にできることを伸ばすしかないさ」
「分かってるなら言うな」
「はは」
昔は苦しんだこともあった。目の前の若い才能と同じものが己にもあったらと、暗い思いを抱いていた時期もある。
薬丸もそうだったはずだ。その負の感情を昇華して、ようやく笑い話になったのだ。
(良い意味で、諦めがついた)
自分にとっていらないものが削ぎ落とされていくのなら、年をとるのも悪くない。
「九丞殿が見えたぞ」
「ああ。僕らも合流しよう」
見えないものを相手にじたばたするよりも、手が届く範囲の石を確実に積んでいく。そうすれば、ひとつくらいは満足いくものが作れるだろう。
塚原はつぶやく。
「一文は無文の師、他流に勝つべきにあらず」
自分のデバイスに名をくれた剣豪は、この言葉を残してくれた。それが今は、とても心強い。
「昨日の我に、今日は勝つべし」




