邂逅
「まだ……まだ、このままでは……」
全身を焼かれ、わずかに残った頭髪越しに見える世界。自分の惨状と異なり、やけに美しくうつる『外』そのものが、憎たらしくて仕方無かった。
(終わったわけではない)
天逆毎は、自分に何度もそう言い聞かせる。天魔雄の鼓動はまだしっかりしていた。彼が無事なら、やり方は無数にある。
(戦力が無限に湧いてくるのは、こちらの方なのだ)
穴が閉じるまで、残り四時間。それまでの間は、この世界に存在しなかった生物たちが吐き出され続ける。
(その全てに対応など、出来るはずがない)
軍がその対応にかかりきりになっている間に、天逆毎はこの国のありとあらゆる命を食い荒らす。
(はじめの計画に比べると、卑小になってしまったが)
当初は海の向こうの大陸──人間たちはアメリカと呼んだ──から荒らし、将官共の気力を削ぐつもりだった。
(何故、日本から消そうと思ったのだろう)
地政学的に少々ややこしい位置にはあるものの、資源もなければ人もいない。あるのはやたらと山ばかり、いるのはやたらと老人ばかり。ここはそういう国である。危険度ははるかに小さいはずだった。
(……それなのに、無視できなくなった)
あの男が、自分を捨て石にしてでも全てを任せた。そんな存在がいると知ってから、平静でいられなくなったのは事実だ。
(死んだくせに、いつまで縛る)
天逆毎は舌打ちをする。それと同時に血が口元を伝った。
(とりあえず、手近なところで獲物を探そう)
体の損傷は、思っていた以上に深い。手遅れになる前に、血と肉が欲しかった。
(まずい男だろうが老人だろうが、構うものか……)
そう思っていた天逆毎の目の前に、不意に人影が現れた。
(おかしい)
食らいたいという欲より保身が、天逆毎の体を動かした。
一歩飛び退くと同時に、鼻先をすさまじい勢いで何かが通過する。それが人の足だと分かるのに、しばらくかかった。
「ちっ、よけたか」
蹴りを放った老人が、残念そうに肩をすくめる。彼の顔を見て、天逆毎の口から声が漏れた。
「……お前は」
「よう。流石に覚えとるか」
忘れるはずがない。人間たちの中で唯一、自分とまともに拳を交わした相手なのだから。
人間の特性ゆえ、相手は確かに老いている。しかし、生気のある真っ黒な瞳は、未だに相手が現役であることを示していた。
少しでも隙を見せたら、また攻撃がとんでくる。そう確信した天逆毎は、男をにらみつけた。
「三千院。そこをどけ。少ない余生を短くしたくはなかろう」
「やなこったい」
三千院巌は前のめりになって、拳を握る。そして天逆毎をせせら笑った。
「それにしても、お前もずいぶん気弱になったな。『そこをどけ』じゃと」
三千院は口元を歪める。
「昔のお前なら、相手がどう答えようが実力で押しきったはずじゃ。違うか?」
図星だった天逆毎は、口唇をひきつらせる。言葉を重ねても、相手に醜態をみせるだけだ。
「老いた貴様があわれになっただけよ。慈悲が要らぬなら、たっぷり後悔させてやる」
傷を負おうとも、この日の本において最も強いのは己である。その思いを胸に、天逆毎は吠えた。
☆☆☆
「はい、現場に到着っと」
「了解でーす」
愛用の日本刀をたずさえて、塚原は海辺に降り立った。指宿が報告を受けて、元気な声を出す。
「そっから高台は見えますか?」
「肉眼じゃぼんやりとしか」
「じゃ、こっちから情報を。敵はこちらが残した砲を使いこなしてる模様。うかつに近づくと大口径砲が狙ってきますよ」
「素敵な第一報だねえ。知能の高い種族が待ち構えてるわけだ」
嫌味たらしく言うが、塚原はそこまで悲観していない。いざとなったら、デバイス使いは自分の身を守れる。注意が必要なのは、一般兵の方だろう。
「兵の配置は?」
「海側に歩兵・砲兵・工作兵合わせて二千。陸側に同編成で三千。デバイス使いは海側に百四十、陸側に百六十」
「なんだ、こっちに色をつけてくれると思ってたのに」
「塚原さんたちが十人分働いてくれれば解決ですよう」
軽口をたたいたら、逆に言い返されてしまった。
「……参ったねえ。じゃあ、それだけの仕事をするよ」
潮が徐々に引いていくのを見ながら、塚原は言った。
「海方面、陸方面ともに配置完了の通達あり。一〇〇〇に攻撃を開始します」
「了解。送れ」
塚原は刀を抜いた。隣の薬丸も、同じ動作をする。彼の動線にかぶらないよう、塚原は一歩後ろに退いた。それと同時に、指宿が息を吸う。
「全隊、作戦開始!」
かけ声と同時に、薬丸が先頭切って飛び出した。塚原と九丞が、やや遅れて後を追う。
「もう少し、我々も速度を上げましょう」
「……やれやれ、あいつに追い付くの大変なんだけどな」
まずは海側からの速攻を成功させなければならない。出せる最大速度で進んでいると、すぐに敵の姿が見えてきた。
「うわっ」
薬丸が斬って捨てた妖怪たちの肉片が降ってきた。塚原は顔をしかめて、それをよける。
「本っ当に雑だな、あいつ」
飛んできた肉片を刀で受け流し、伸びてきた手長の腕を右手で殴り付ける。威力は全く期待できないが、目眩ましにはなった。
最後に左手に持った刀で、相手の脳天を割る。手長の体が傾いた。




