脅せ不安をかきたてろ
「坊ちゃま。画像・音声データ解析、全て終了です。これが追加分」
目の下にがっつりクマを作った指宿が、テレビ電話で話しかけてくる。
「どうだ。化け物の正体はわかったか」
「ええ。アメリカさんの音声データにしっかり入ってました。『母さん』ってね」
それだけで、葵には怪物の正体がわかった。
「……天魔雄か」
「はいご名答っす。坊ちゃまとやるクイズはつまんないですねー」
天魔雄。天逆毎が産んだ子供で、母に負けず劣らず気性が荒い。伝説では九天の王になり、荒ぶる神を統べたという。
「しかしそれなら、何故じっとしている。天逆毎は日本であれだけ動いているのに」
「あー、これはあくまで学者チームの重ねた推測ですけど……エビとか蟹の原理ですよ」
「またいらんところでエビが出てきた」
「脳味噌野郎とは関係ないです。つまり、生まれたてで外殻が柔らかい。または十分に移動できる状態にない。だからあそこで黙って力を蓄えてるんです」
「なるほど。叩くなら今しかないな」
「坊ちゃまのおっしゃる通り」
しかし、化け物にはミサイルも効かなかったのだ。葵の胸に、苦いものがこみあげる。
「核なら通るか?」
「いやあ、一緒ですね」
指宿は自信を持って言い切る。
「何故だ」
「奴さんの防御システムを猫田さんが解析してくれまして」
そこで画像が猫田に切り替わった。
「データ解析における最大の疑問点は、『ミサイルが通らないのに機銃が通った』ということでした。威力でも射程でも比べものにならないのに、なぜ結果が違うのか」
葵はその答えを知っていた。
「弾の数だな」
「はい。そこしかありません。あれは超巨大ですが、本質は生物なんです。自分が確実に視認できない攻撃は防げない──これが私たちの答えです」
「ミサイルの数十発は防げても、機銃の数万発は無理か。やっと光明が見えた」
「しかし、機銃の射程範囲は……」
「わかっている。そこの原理がはっきりすれば、俺の考えていた作戦が使えそうだ。助かったぞ」
指宿と猫田が、そろって声をあげた。
「本当ですか坊ちゃま」
「うーん、ハッタリの可能性も」
「……お前らな。おっと」
その時、別回線から割り込みがあった。こちらの方が、優先度が高い。葵は一旦本家との通信を切った。
「君たち姉弟はなにかね。私がよっっぽど暇だと思っているのかね」
ヘンリー大統領の機嫌は最悪だった。無理もない、と葵はため息をつく。
「今は暇なんだからよくね」
「○×△□○×」
姉は姉で、感情をほどよく逆撫でしているし。猛が側近に話を通して根回ししてくれていなければ、ブチ切られてもおかしくなかった。
(……今からもっと怒らせるんだがな)
少し相手が疲れているくらいの方が、葵にとってはありがたい。
「大統領。○○野郎と呼んでも結構ですから、少し話を聞いていただきたい」
ようやくヘンリーが黙ったので、葵は淡々と話し出した。
「ハワイ沖の未確認生物についてのデータ、ありがとうございました。うちの情報部が再解析したものを、すでにそちらに送ってあります」
「……見たよ。さらに化け物が増えるかもしれないという、面白くない結果がついていたな」
ハワイの空に、通常の雲ではありえない歪みが生じている。気象学者がそれを指摘した時、葵はすぐに『ねじ穴』だと思った。紫が人間界から消えたあの日、同じ現象が観察されていたのだ。
天逆毎がハワイ沖で天魔雄を産んだのは、偶然ではない。ねじ穴から出てきた怪物たちに、我が子の守をさせるという意図もあったのである。
「それは保険です。あくまであの怪物が、独り立ちするまでの。厄介なのは、本体です」
「そのようだ。しかしわかってしまえば、簡単な仕組みだな」
「ですがその分、つけいる隙も少ない」
コンピュータ制御のプログラムなら、いくつか侵入経路がある。しかしあれははるかに単純で、巨大な化け物がただ丈夫な盾を出しているだけ、という単純な回路だった。それだけにやりにくい。
「これからどうなさるおつもりですか?」
「関係各国と対応を協議するよ」
「つまり、早々には何もしないと。うちがどうなろうが知ったこっちゃないと」
ヘンリーは否定も肯定もしなかった。葵はわざと意地悪く言う。
「ずいぶんお行儀がよくなりましたね。ボロにされた駆逐艦は、一隻や二隻で済まないでしょうに」
「君に言われなくてもわかっている。必ず彼らの仇は取ってみせる」
「で、いつですかそれは? 彼らが仮想敵国を半殺しにしてくれてから、などと思っていないでしょうね」
ヘンリーが答えるまで、数秒の間があった。
「天逆毎がもちかけた交換条件は、やっぱりそんなところでしたか。今も冷たい戦は終わっていない」
「終わっているように見えたのなら、今から眼科へ行きたまえ」
「大丈夫、口に出さないだけでみんな知ってますよ。そんなうまい話があるなら、うちにも声をかけていただきたかった。が」
葵は最後の『が』に力をこめて言う。
「現実味がない」
「私も盲信してはいないよ」
「しかし甘い。奴等は最終的には、地球全体を掌握するつもりです。どう考えても、近いところから潰していった方が楽に決まっている」
なんせ少し手を伸ばしたところに基地があるのだ。天逆毎が放っておくはずがない。
「……そうやって足元がぐらつけば、各国の支配海域は確実に変わるでしょうね」
対立する大国はこの隙を見逃さず、太平洋へ駒を進めるだろう。今でさえ、国境線を海の彼方へ広げたくて仕方がないようだから。
「近いうちに、ハワイ沖までの戦力図は変わるでしょうね。向こうにとっては戦果だ」
これを聞いたヘンリーがうめいた。




