因縁に決着を
紫の大きな目が、士官をとらえて離さない。やがて士官が、ため息をついた。
「辛い話になりますよ」
「うん」
それからぽつりぽつりと、士官はまつりについて語る。そう長い話ではなかったが、それでも場はしめやかな空気で満たされた。
全てを聞き終えた紫は、胸の前で手を会わせて黙礼する。しかしそれが終わると、さっぱりした笑顔になった。
兵たちが、安心というよりぎょっとした顔をつくる。悲しみのあまり、心が壊れてしまったとでも思ったかもしれない。
だが巌には、そうではないとはっきり分かる。
(そんなヤワな女じゃねえわな)
彼女が出した答えは、間違いなく未来に向いている。
「よし、行こう。その『ごえーかん』とやらに乗ろ」
「え、ああ、まあそうなんですが」
「どうせ京都からじゃ乗れないから、車かなにかが待ってるんでしょ」
「そ、その通りです」
「んー、私の顔になにかついてるかなあ」
紫は士官の上着を引っ張りながら言う。聞きたいことがあるなら今のうちだぞ、というサインだった。
「はあ……すみません。あまりに割りきったご様子でしたので、少々礼を欠いた振る舞いをしてしまいました」
「割りきったわけじゃないよ。悲しい気持ちもある。なんであの子じゃなきゃいけなかったのって叫んでもみたい。──でもそれは、全部『私がやりたいこと』でしかないの」
士官が驚いた顔で紫を見つめた。
「たかのんは最後まで、街のために走り回った。一つでも多く選択肢を残そうとした。そんなあの子が、私がただ嘆くのを望むわけがない」
巌もうなずく。もしまつりが生きてここにいるとしたら、まず真っ先にこう言ったはずだ。
この街を頼む、と。
「だから行くの。今度は私が借りを返す番だから」
きっぱり言い切った紫に対し、士官は微笑してみせた。
「大したお人だ」
そう言って士官は巌に向き直る。
「わしの嫁じゃからな」
巌が白い歯を見せてやると、彼は懐に手をつっこんだ。
「鷹司の方から、預かりものがございます」
彼が取り出したのは、扇だった。閉じた状態であっても、骨の一本一本に細かい彫り込みがしてあるのが分かる。名の有る職人の作だろう。
紫がそれを開く。描かれているのは桜と、丘に続く坂道だった。
巌にはその道がどこか、すぐに分かった。三人が出会った、クマ高前の道だ。あの日のことは、何年経っても忘れない。
……まつりにとっても、きっとそうだったのだろう。
「きれいだね」
紫がぽつりと言った。巌は背後から彼女に話しかける。
「ああ。だが、ただそれだけでもない」
武士にとっては、扇が刀と同様に扱われる。つまり紫が手にしているのは、まつりの闘志の結晶でもあった。
「一緒に行きたがっとる」
巌が言うと、紫は扇をしっかりつかんだ。
「うん。わかってる。……最後まで、見届けてね」
紫がつぶやいた直後、飛行車両調達に行っていた兵が戻ってきた。紫は彼らに歩み寄る。
「気をつけてな」
巌も別方向へ進みながら言った。紫は大きくうなずいて、そのまま姿を消す。
(これで、本当に全てにけりがつく)
自分の人生ほとんどを持って行った戦が、ようやく終わる。巌は頭から余分な迷いを追い出し、士官とともに歩き始めた。
☆☆☆
「んあ……」
長い眠りから、猛はようやく目覚めた。ずっと同じ姿勢で横たわっていたらしく、少し動いただけで体がめりめりと嫌な音をたてる。
倒れる前の自分は、何をしようとしていたのだろう。しばらく、猛は記憶を探した。
「げっ」
全てがつながった時、猛はうめく。よりによって、一番大事な出番の前に倒れたのだ。
(──てことは、おじさん一人で説得に行ったのか)
うまくいったろうか、と猛は気をもむ。琥太郎は金融・財政についてはプロだが、軍事畑の経験は無い。
猛は辺りを探した。とにかく、琥太郎を探して事情を聞かなければ。
「榊の……」
「はい。はい。俺、榊」
小学生のごとく全身の筋肉を使い、龍之介が背伸びをしていた。
「そっちじゃない榊さーん」
「あ、ひでえ」
龍之介が服のすそをしきりに引っ張る。結局猛が根負けして、話を聞いてやることになった。
「……総理を説得しに行った? お前が?」
「おう」
「熱でもあるんじゃないか」
「やめてくれ。お前のことまで嫌いにならせんな」
龍之介は本気で怒っている。どうやら事実のようだ。
「よし、分かった。俺からも口添えに行っておく。お前だけじゃ心配だからな」
自分が目を覚ましたということは、他のデバイス使いたちも起きている。ぐずぐずしてはいられなかった。
しかし意気込む猛に、龍之介が待ったをかける。
「あ、お前が欲しがってたやつなら……両方とも出たぞ」
今度こそ、猛は完全に固まった。
(こいつ、何つった?)
にこにこしている龍之介が言ったことが理解できない。冷や汗が出てきたところで、後ろから肩をたたかれる。
「起きたか! いや、元気そうで何よりだ」
「おじさん」
危うく叫ぶところだった。こっそり胸をなで下ろしながら、猛は琥太郎に向き直る。




