いずれ別れる魂としても
「おい、サンダーボルト」
士官が困った顔で声をかけてくる。よほど葵に根掘り葉掘り聞かれたのか、彼は電話を引き継ぐと逃げるように去っていった。
「ほいほい」
「……なにしてた?」
「必要なことだ」
それ以上話したくはなかった。個人的なことだし、どうせ日本では流れまい。
しかし、葵は報告を迫ってくる。仕方なく、要はひどくかいつまんだ話をした。
「中将にね」
幸い、葵はすぐに話をのみこんだ。
「まあ、悔いがないなら結構だ。しかし、よく踏み切ったな」
自分にも他人にも厳しい弟が、珍しく褒め言葉を口にする。
「別に、そんなに難しいこっちゃねーだろ」
「相手は自分と同じように思っていないかもしれない。迷惑かもしれない。こういう風には、考えなかったのか」
葵が奇妙な振る舞いを連発する。要は目を丸くする。
「全然」
「本当に?」
「だって、んなことやってみなきゃわかんねえだろう。判断するのは向こうなんだからよ」
自分がああだこうだと思ったところで、所詮それは頭のなかで作ったものでしかない。
「いいじゃねえの。向こうが『なんだこいつ』って思ったとしたら、それまでの関係だった。くよくよ悩む時間が無駄だろ」
要が告げると、葵はやけにその言葉を噛み締めていた。
「……そうだな。まさか同じ結論に達するとは思わなかったが、これも血か」
「どうした、お前。気味悪いぞ」
「何でもない」
葵はしばらく黙っていたが、やがて話し出した。
「なら話を変えるぞ。これから俺は、アメリカ大統領を脅してくる」
不穏な単語が飛び出した。要は低く笑う。
「お前まで、あたしみたいなことをするのか」
「似てきたんだろ」
弟は相変わらず淡々とかわす。
「日本に帰るのは少し先だ。脅しが終わるまでそのまま西海岸で待機してくれ」
「成功するのか?」
「しなかったら、俺たちはみんな漏れなく死んでるよ」
葵がぼそっと言う。そこには過剰な希望も絶望もない、ただ事実があるだけだ。
「さよか。じゃあ、うまくいくようにしろ。当主命令だ」
滅多に使うことのない当主の地位を振りかざして、要は通話を終わりにした。
☆☆☆
目覚め、河原に群がる敵にとどめを刺してしまってから、巌と紫はまっすぐに最寄りの軍支部を目指した。
すぐに士官へ話が通る。体を洗って防寒用の服をまとうと、二人は会議室へ直行した。
「お待ちしておりました、三千院様」
「今のところ、持ちこたえとるようじゃな」
「おかげさまで」
壮年の士官は、丁寧に頭を下げる。紫は腕捲りせんばかりの勢いで、彼に聞いた。
「で、あたしたちは何をすればいいの? 市内に行くならすぐ」
「お二人が来てくだされば本当に一騎当千となりましょうが……実は、三千院三佐から伝言がありまして」
「葵じゃな」
「そうです。今からすぐ、自分の指定する船に乗って欲しいと」
「船!?」
「こんな時に、国を出ろというのかのう」
二人はそろって目を丸くする。まさか、葵が自分達の身を案じてやったのだろうか。
「……んなわけないわな」
「右に同意」
巌がつぶやく。紫もうなずいた。
「ええ。紫様に乗っていただくのは護衛艦『いずも』。目的地は──」
巌は聞いた情報にやや驚いたものの、黙ってそれを受け入れる。そして、気になった点を指摘した。
「紫は、と言ったな。じゃ、わしは?」
聞いた作戦では、巌の能力は大して役に立たない。葵がそんな無駄をするとは思えなかった。
「殺しきれていない敵がいるでしょう」
士官の一言で、ようやく巌はぴんときた。
「旧型の相手は旧型、ってことか」
「ええ」
「よし、引き受けた」
巌が胸を張る。すると、紫が服の端を引いた。
「……また別れるね」
「そういう巡り合わせらしいのう、わしら」
「今度は、すぐ会えるよね?」
「ああ」
巌が手を握ってやると、紫はようやく笑顔になった。
「そしたら、たかのんと三人で遊ぼうね。今度はどこがいいかな」
愛妻の反応に目を細めていた巌だったが、不意に変わる士官の表情に気づいてしまった。
(……自分の目のよさが恨めしいのは、こういう時じゃな)
彼の気遣いを尊重して、このままなかったことにすべきだろうか。全てが終わってから聞いたとしても、事実が変わることはない。
(だが、もしあいつがいたとしたら)
紫に嘘をつくことを選んだだろうか。親友に、彼女が伝えたかったことはなんだろうか。
「紫」
「ん?」
「……たかのんはな、もうこの世におらんよ」
「!」
「なぜそれを……」
士官が口を滑らせた。彼は、ばつが悪そうに肩をすくめる。紫はそれを見て、何もかもを悟ったようだ。
「そっか」
「申し訳ありません。まつり様とお二人の関係は、皆がよく知っておりまして。落ち着いてからお話した方がいいだろうと……」
紫は気持ちの整理がつかないのか、宙の一点を見つめている。巌は彼女が動き出すのを待った。
「そっか。ねえ」
いきなり紫から話しかけられた士官は、あからさまに戸惑う。
「な、なんでしょう」
「たかのん、どうして亡くなったの?」
「それは……」
「教えて。本当のことを、全部」




