居残り三千院
「にゃー、親愛なるデバイス使いの皆さーん。とっとと起きやがれェ……と猫田さんが言ってますです」
「勝手に人の名前を使わないでちょうだい」
猫田に怒られて、指宿は舌を出した。
「九丞様がいないからって、勝手なことを」
「わずかな息抜きですよー」
デバイス使いたちの昏倒は、瑠璃の坏がなくなればすぐに解ける。お目付役がいないのも、もうわずかな時間だけだ。
指宿は机に脚をのせて、しびれを取り去ろうとする。
「……だからって、淑女がその格好はいただけないと思うけどね」
いつの間にか、呆れ顔の塚原が背後に立っていた。
「九丞さんは?」
「今起きたところだよ。やっぱり若い方が、元に戻るまでが短いね」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「若いっていうより、体力の差ですかね。個人的には庭のアレはもうちょっと寝てても良かったと思いますけど」
「見ないようにしな。薬丸はしばらくあのままだよ」
指宿は言われた通りにした。そこへ、息子たちに付き添われた九丞がようやく姿を見せる。
「や」
「こんな姿で失礼します」
寝癖のついた髪で人前に出るなど、九丞にとっては屈辱でしかないだろう。しかし、事態は動き始め、猶予はなかった。
「いいですよー、そのままで。そろそろ人工島に出撃ですから」
指宿はモニタを起動させた。簡略化された人工島の様子がそこにうつる。
画面の上半分、青いのが海だ。そこに大きな白丸が一つ。周りにそれより小さな丸がぽつぽつと浮かんでいる。
「えーと、この白いのが護衛艦ですね。周りのは小型艇です。艦ほどの攻撃力はないですが、敵の攪乱には十分役立ってくれてます」
続けて、茶色と灰色が大半を占める陸地部分に説明が入った。
「デバイス使いがほとんどいない状況ですが、若い子たちが頑張ってくれまして。一般兵と合わせて三千人が、千ほどの妖怪を封じ込めてたわけですよ」
船よりもさらに小さい陸の白丸が、赤丸を隅へ追い詰めていく。指宿は途中で一旦、再生を止めた。
「陸の端ギリギリに追い詰めてしまえば、船から砲撃もできるわね」
「猫田さんの言う通り。こっちも戦力が少ないんで圧倒的有利ではないけど、まあまあ望ましい展開でした」
しかし、途中から風向きががらりと変わる。増援が現れたのだ。
「こちらの海上封鎖が不十分なところから、妖怪たちが上陸してきました。その数、およそ五千」
防衛部隊はよく耐えたが、敵の勢いはすさまじかった。味方は防御陣地を捨てて退却し、距離を保ったままにらみ合いを続けている。
「……ってのが現在の状況です。皆さん、残りのデバイス使いの体調が回復し次第ここへつっこまれますので、心の準備をしといてくださーい」
指宿が言うと、まばらな拍手があがった。
「それにしても、動きにくい状況だねえ」
「あ、やっぱりそう思います? 目のつけどころがマルですよ」
塚原をほめつつ、指宿は図を展開させた。
「各人の戦闘についてはお任せするんですけど、問題は大局なんですよー」
「敵は現在、防御陣地である高台を完全に制圧しています。戦闘の場になる周辺二キロは平坦な埋め立て地ですから、向こうから丸見えと考えていい状況です」
説明が得意な猫田が、指宿の後を引き継いだ。
「この状況では、人間側にも妖怪側にも二つの選択肢があります。高台から見て海側へ攻めるか、陸側へうって出るか」
「つまりー、二×二で四パターンの展開が考えられるわけですよ。相手がワープするとか、とんでもない手段をとってこない限りですけど」
もちろん、四つ全てが同じ結果になるわけではない。人間側にとって望ましい展開と、そうでないものが存在する。
「まず一つ目ー。敵が主力を陸に向け、私たちは海側に戦力を集中させた場合」
この場合、海側へ行った人間たちはある程度の戦果をあげられるだろう。海から艦の援護射撃を受けられる上、敵の主力が陸の方へ抜けているからだ。
「ただこの場合、陸の方は苦戦しますよねえ。向こうの主力とぶつかる形になりますから」
結果、妖怪側も人間側もある程度の被害を負う形になる。決して理想的な展開とはいえない。
「二番目は、どちらも主力を海側に集中させた場合です」
「ある意味、一番時間をとられるパターンですねー」
人間側も妖怪側も、最大戦力が正面からぶつかりあうため、海側の戦況は膠着する。その間に陸から回り込めればいいのだが、残っている面子にそこまでの突破力はない。
「うちとしちゃ避けたいねえ。損害も大きくなるよ」
塚原がつぶやく。九丞もうなずいた。
「消耗戦は避けた方が賢明でしょう。三つ目は?」
「どっちも陸側に戦力を集中した場合ですね」
「ぶっちゃけ言うと、安全策はこれです」
指宿は肩をすくめる。
「向こうだって海に護衛艦がいることは知ってます。だったら陸に来る可能性の方が高い。うちもそれに合わせて主力を配置しようとしたらこーなります」
「悪くはないと思いますが……」
九丞はそう言って、わずかに目を細めた。




