表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
626/675

軍歌、寄歌、凱歌

(いつからこんなことに?)


 そして驚いたことがもう一つ。ゆかりに洞窟から追い出された蜂の生き残りが、出てくるなり地面の上に転がっていく。


 ぴくぴくと足が動いているので、まだ死んではいない。しかし、洞窟内の動きとあまりにも違いすぎる。


(どうなってるの……?)


 紫は考えを巡らせた。そして、一つの結論に辿り着く。


(こいつら、寒さに弱いんだ)


 それなら蜂たちの行動の変化に説明がつく。さっき襲ってこなかったのも納得だ。問題は、どうして急に寒くなったかということだ。


 ざばっ、と水音がする。全身びしょぬれのいわおおぼろがこちらへ向かってきた。


「どうなってんだ、これ……」

「ささささむい」


 巌でもこの寒さはかなりこたえるらしい。紫は河狸かわだぬきたちを、夫の元へ向かわせた。


「朧、夏がこんなに寒くなったことってある?」

「あってたまるか。んな年があったら、弱い妖怪はみんな死んでるよ」

「やっぱりねえ」


 原因はさっぱり分からない。しかし、降ってわいたチャンスなのは間違いなかった。


「今のうちに、倒せるだけ倒しておこう」

「おっしゃ」


 全員、武器を持って蜂たちの体を片っ端から潰していく。相手が無抵抗なので、作業は一気に進んだ。


「……こんなものかの」


 死骸の山を前に、一同はようやく休憩をとった。完全に大丈夫とは言えないまでも、最大の危機は脱したようだ。


「状況が知りたいのう」


 巌がつぶやく。紫はポケットを探ってみたが、入れたはずのスマホは影も形もなかった。


「ああ、俺たちが穴まで引っ張ってくる時に、急いでたからな。その時落ちたんだろ」

「そう」


 そのおかげで命が助かったのだから、文句など言えるはずがない。しかし、情報がないのは痛かった。


「仕方ないのう。人里まで歩くか」


 巌の提案に、紫がうなずく。その時、上空からプロペラが回る音がした。


「なんだ、ありゃ」


 ぽかんと妖怪たちが口をあけた。AH型──軍の輸送用ヘリだ、と紫は説明する。


「お二人とも、大事ありませんか」


 うまく平地に着陸したヘリから、わらわらと隊員が降りてくる。紫は彼らに敬礼した。


「こっちは大丈夫。よく見つけたね」

「携帯のGPSから……やや時間はかかりましたが」

「はいてくだねえ」

「それより、三千院さんぜんいん三佐より、すぐに市内へお戻りいただくよう通達が出ています。同行を」

「そりゃかまわんが……かなめがそんなことを言うかのう」


 隊員の言葉に、巌が首をひねった。


 現在、家の中で三佐の称号を持つのは、長女の要だけだ。彼女は、陣頭指揮をとるような性格ではない。細かいところまで気が回らないのだ。


「……ああ、人事異動がありまして。葵様が三佐に昇格なさいました」

「さようか。ならありうるわい」


 巌が低く笑った。あいつもついに佐官か、と面白そうに言い添える。


「同時に要様は一佐に昇格です。葵様は縁起が悪いと言われたんですが」

「二階級昇進は、死亡時じゃからの」

「はあ、それでも二なんか嫌だとごねられまして」


 あまりに要らしくて、今度は紫も一緒に笑った。


 孫たちは、どんどん先に進む。自分たちも年に負けず、追いつく努力をしていたい。


「もうひと仕事、やりますか」


 紫はそう言いながら、傍らに立つ夫の背中を叩いた。



 ☆☆☆



 やがて嵐がやむ。明津あくつは情報部の面子と一緒に、前線に告げた。


「敵反応消失。第二陣、退却していきます」


 駅を守る戦いは決着した。


「次がまた来るぞ。負傷者の手当。弾と網も補充だ」

「分かりました」


 動き出す第三中隊の面々を、明津は手で制した。


「座っていて下さい。補給や手当は、我々がやります」


 明津たちはワクチンを投与されていない。いざという時に動けないなら、別の場所で役に立ちたかった。


「ワクチン、こっちには回ってこなかったんですね」

「ええ。絶対的な数が少ない上にリスクもあったので。事前に十分な時間が取れる部隊にしか通告されなかったんです」

「なるほど」

「こういうのは順番です」


 明津はそれを聞いて、笑みを漏らした。


「はい。この借りはまたいつか」


 二人の男は、がっちり握手を交わし合った。その時、無線が鳴る。


「こちら本部。国際会館駅、応答してください」

「はい」


 なんとなく離すタイミングを逃した明津は、握手をしたまま答える。


「これから、増援の第二陣がそちらへ向かいます。受け入れ可能ですか?」

「可能です。編成は?」

「デバイス使い二班──六名です。ただし被害が軽微であれば、そのうち一班は巡回に戻りますが」

「へっ」


 大の大人が、呆けた声をあげた。


「それは……デバイス使いが、活動を再開したということで?」

「ええ。これで、大分有利に戦いを進められるはずですよ。何か気になることでも?」

「い、いえ。大丈夫です」

「もう少しの辛抱ですよ」


 こちらへのいたわりをにじませつつ、通信は切れた。明津と横で聞いていた和久わくは、顔を見合わせる。


「は……はは」

「はははっ」


 緊張の糸が切れ、今まで胸の奥に押しやっていた感情が形を持つ。若い隊員たちが気味悪そうにこちらを見つめる中、二人はひとしきり笑い転げた。


「みんな、いい知らせだ。あの生意気なデバイス使い共が、活動を再開したぞ」


 明津が大声で言うと、あちこちで笑みがこぼれた。


 全く先が見えなかった戦いに、ようやく光がさしてくる。みんな、それが分かったのだ。


「……俺たちが勝った時より、歓声が大きいじゃないか」


 和久がぼやく。明津も応じた。


「ええ。もう少し我々が目立ってから来てくれてもよかったのに。あの連中は、いつも美味しいところばかり持って行く」


 悪口は尽きない。だが、心の中はさっきより凪いでいた。


(なんだかんだ言っても、やる時はやる奴らだ)


 大丈夫だ、なんとかなる。今までの経験が、明津にそう告げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ