軍歌、寄歌、凱歌
(いつからこんなことに?)
そして驚いたことがもう一つ。紫に洞窟から追い出された蜂の生き残りが、出てくるなり地面の上に転がっていく。
ぴくぴくと足が動いているので、まだ死んではいない。しかし、洞窟内の動きとあまりにも違いすぎる。
(どうなってるの……?)
紫は考えを巡らせた。そして、一つの結論に辿り着く。
(こいつら、寒さに弱いんだ)
それなら蜂たちの行動の変化に説明がつく。さっき襲ってこなかったのも納得だ。問題は、どうして急に寒くなったかということだ。
ざばっ、と水音がする。全身びしょぬれの巌と朧がこちらへ向かってきた。
「どうなってんだ、これ……」
「ささささむい」
巌でもこの寒さはかなりこたえるらしい。紫は河狸たちを、夫の元へ向かわせた。
「朧、夏がこんなに寒くなったことってある?」
「あってたまるか。んな年があったら、弱い妖怪はみんな死んでるよ」
「やっぱりねえ」
原因はさっぱり分からない。しかし、降ってわいたチャンスなのは間違いなかった。
「今のうちに、倒せるだけ倒しておこう」
「おっしゃ」
全員、武器を持って蜂たちの体を片っ端から潰していく。相手が無抵抗なので、作業は一気に進んだ。
「……こんなものかの」
死骸の山を前に、一同はようやく休憩をとった。完全に大丈夫とは言えないまでも、最大の危機は脱したようだ。
「状況が知りたいのう」
巌がつぶやく。紫はポケットを探ってみたが、入れたはずのスマホは影も形もなかった。
「ああ、俺たちが穴まで引っ張ってくる時に、急いでたからな。その時落ちたんだろ」
「そう」
そのおかげで命が助かったのだから、文句など言えるはずがない。しかし、情報がないのは痛かった。
「仕方ないのう。人里まで歩くか」
巌の提案に、紫がうなずく。その時、上空からプロペラが回る音がした。
「なんだ、ありゃ」
ぽかんと妖怪たちが口をあけた。AH型──軍の輸送用ヘリだ、と紫は説明する。
「お二人とも、大事ありませんか」
うまく平地に着陸したヘリから、わらわらと隊員が降りてくる。紫は彼らに敬礼した。
「こっちは大丈夫。よく見つけたね」
「携帯のGPSから……やや時間はかかりましたが」
「はいてくだねえ」
「それより、三千院三佐より、すぐに市内へお戻りいただくよう通達が出ています。同行を」
「そりゃかまわんが……要がそんなことを言うかのう」
隊員の言葉に、巌が首をひねった。
現在、家の中で三佐の称号を持つのは、長女の要だけだ。彼女は、陣頭指揮をとるような性格ではない。細かいところまで気が回らないのだ。
「……ああ、人事異動がありまして。葵様が三佐に昇格なさいました」
「さようか。ならありうるわい」
巌が低く笑った。あいつもついに佐官か、と面白そうに言い添える。
「同時に要様は一佐に昇格です。葵様は縁起が悪いと言われたんですが」
「二階級昇進は、死亡時じゃからの」
「はあ、それでも二なんか嫌だとごねられまして」
あまりに要らしくて、今度は紫も一緒に笑った。
孫たちは、どんどん先に進む。自分たちも年に負けず、追いつく努力をしていたい。
「もうひと仕事、やりますか」
紫はそう言いながら、傍らに立つ夫の背中を叩いた。
☆☆☆
やがて嵐がやむ。明津は情報部の面子と一緒に、前線に告げた。
「敵反応消失。第二陣、退却していきます」
駅を守る戦いは決着した。
「次がまた来るぞ。負傷者の手当。弾と網も補充だ」
「分かりました」
動き出す第三中隊の面々を、明津は手で制した。
「座っていて下さい。補給や手当は、我々がやります」
明津たちはワクチンを投与されていない。いざという時に動けないなら、別の場所で役に立ちたかった。
「ワクチン、こっちには回ってこなかったんですね」
「ええ。絶対的な数が少ない上にリスクもあったので。事前に十分な時間が取れる部隊にしか通告されなかったんです」
「なるほど」
「こういうのは順番です」
明津はそれを聞いて、笑みを漏らした。
「はい。この借りはまたいつか」
二人の男は、がっちり握手を交わし合った。その時、無線が鳴る。
「こちら本部。国際会館駅、応答してください」
「はい」
なんとなく離すタイミングを逃した明津は、握手をしたまま答える。
「これから、増援の第二陣がそちらへ向かいます。受け入れ可能ですか?」
「可能です。編成は?」
「デバイス使い二班──六名です。ただし被害が軽微であれば、そのうち一班は巡回に戻りますが」
「へっ」
大の大人が、呆けた声をあげた。
「それは……デバイス使いが、活動を再開したということで?」
「ええ。これで、大分有利に戦いを進められるはずですよ。何か気になることでも?」
「い、いえ。大丈夫です」
「もう少しの辛抱ですよ」
こちらへのいたわりをにじませつつ、通信は切れた。明津と横で聞いていた和久は、顔を見合わせる。
「は……はは」
「はははっ」
緊張の糸が切れ、今まで胸の奥に押しやっていた感情が形を持つ。若い隊員たちが気味悪そうにこちらを見つめる中、二人はひとしきり笑い転げた。
「みんな、いい知らせだ。あの生意気なデバイス使い共が、活動を再開したぞ」
明津が大声で言うと、あちこちで笑みがこぼれた。
全く先が見えなかった戦いに、ようやく光がさしてくる。みんな、それが分かったのだ。
「……俺たちが勝った時より、歓声が大きいじゃないか」
和久がぼやく。明津も応じた。
「ええ。もう少し我々が目立ってから来てくれてもよかったのに。あの連中は、いつも美味しいところばかり持って行く」
悪口は尽きない。だが、心の中はさっきより凪いでいた。
(なんだかんだ言っても、やる時はやる奴らだ)
大丈夫だ、なんとかなる。今までの経験が、明津にそう告げていた。




