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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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守り抜く決意

「……ハトホル」


 ゆかりの声に答えて、デバイスがかっと熱くなる。


 相棒よ、どうかもう一度、みんなに恵みをもたらして。私も、どこへだって行くから。


 轟音が響いた。前方を塞ぐように積み重ねられた土塊が、崩れ落ちる。その向こうに、びっしりと赤い目がひしめいていた。


(正体なんか、どうでもいい)


 ここに入ってくるな。私の大事なものに、近づくな。


「行け、ハトホル!」


 紫が叫ぶと同時に、円鏡が出現した。一気になだれ込んだ敵が、空中の壁に次々とぶつかる。勢いがついているので、まずいと分かってもそう簡単に止まれないのだ。


 相手が静止すると、その姿が徐々に露になってきた。


「……蜂?」


 巨大な個体だが、体の作りはよくいる蜂そのものだ。こんな種がどこにいたのか、と紫は顔をしかめる。


「スミレ様!」

「みんな、ここはいいから奥へ!」


 紫は叫んだ。その声に応じたのは、河狸かわだぬきだけではない。


「ああ、紫の言う通りじゃ」

「よく寝たねえ」

「休ましてもらった分、働くか」


 いわおは肩をぐるぐる回す。そして、おぼろに向かって何事かささやいた。


「ああ!?」


 始めは険しい顔をしていた朧だったが、次第に根負けした様子だ。会話が聞こえないのがもどかしい。


「分かったよ、行けばいいんだろ!」


 最後にはヤケクソぎみに、朧が吐き捨てた。男二人そろって、洞窟の奥道へ消えていく。


 紫は前へ進んだ。ハトホルの作る盾も一緒についてくる。蜂たちは押され、味方の体で圧縮されて絶命していく。


「くぬ……」


 進めば進むほど、紫の視界は蜂一色に塗り潰されていく。すでに数千匹は集まっているだろう。


 今なら分かる。電車が止まっていたのは、こいつらが原因だったのだ。


(市中は無事なの?)


 紫の頭に、まつりの顔が浮かんだ。彼女がこのことを知ったら、走り回るに決まっている。


(……気にしちゃダメだ、とにかく今はここを出る!)


 全ては、その後からだ。紫は蜂たちの死骸を乗り越えて、なお前に進む。


 とうとう、巣穴の入り口までやってきた。紫は大きく息を吸い、叫ぶ。


「吹っ飛ばせ、ハトホル!」


 鏡がぐっと、紫の方にたわんだ。だが破れることなく、そのまま大量の蜂を受け止める。


 そして、今度は外に向かって大きく膨らむ。蜂たちはその力に抗えず、巣穴から離れていった。


 これでようやく、外が見えるようになった。すでに日は落ちていて、河原には誰もいない。そのかわり、蜂たちが所々で身を寄せ合っている。


(だいぶ減らしたと思ったのに……)


 全部で何匹いるのか、見当もつかない。


 幸い、すぐに攻撃してくる様子はない。しかしまた新手が来たら、同じ事の繰り返しだ。


(ハトホルにも、敵を殺せる機能がついてたらよかったのに)


 紫は内心で愚痴る。今まで、守りしか使ってこなかったことが悔やまれた。


(どこ行ったの、あの二人……)


 紫は朧と巌を思い出し、ため息をついた。しかし、持ち場を離れるわけにはいかない。


 紫の背中を、汗が流れていった。反射的に目を閉じ、身震いをする。


 ──その次の瞬間、地鳴りがした。ずん、という衝撃とともに、視界が真っ暗になる。


(落ち着いて)


 ハトホルの結界が破れたら、全てが台無しだ。紫は歯を食いしばって、その場に踏みとどまった。


 ようやく、何が起こったかがわかった。大人三人が両手を広げてやっと囲めるくらいの医師が、洞窟の前に落ちている。


 夫だ、と紫は確信する。他にこんなことができる者はいない。


(どこから?)


 蜂たちは岩の下だ。紫は巌の姿を探す。


(囲まれてないよね)


 一撃目はいい。しかし、次からは蜂たちも巌を狙ってくる。


 巌の能力は、とてもシンプルだ。


 怪力。人体の眠っている力を、全て余すことなく使える。逆に言えば、元々人体にない能力は使えない。


(もしかしたら……ううん、そんなわけない)


 紫は弱気をたたき出す。巌は自分より長い間、戦ってきた。そして、生き残ったのだ。自分に何ができて何が無理なことくらい、ちゃんと知っているはずである。


(あそこだ!)


 紫の目は、川の水面に引き寄せられた。そこからぼこぼこと、大きな空気の塊があがってきている。


(よくもまあ、あんなところから……)


 朧は元々川蛇だからいいとしても、巌は一応肺呼吸のはずなのだが。


 しかし、水中に入ってしまうのはいい手だった。さすがの蜂たちも、そこまでは侵入できない。


 後は巌たち次第。ここでどこまで敵を減らせるか。


 紫がちらっとそう考えた時、頬を冷たい風がなでた。


(え?)


 今は真夏だ。近くにクーラーなどない。なのに、周囲の気温は異常なほど寒い。興奮していたので、ようやく気付いた。これでは、まるで真冬だ。


「スミレ様」

「お温めしろ」


 後ろからついてきていた河狸たちが、モフモフと紫の全身を埋め尽くす。彼らは夏毛なので多少ちくちくするが、そのおかげで動けるようになった。


「おお、あいつらが死んでいる」

「スミレ様ばんざい」

「ばんざーい」

「ちょっと待って、私じゃないったら」


 歓声をあげ始めた河狸たちはなかなかおさまらない。紫は説得を諦め、現状把握に努めることにした。肌を刺すような寒さは、まだ続いている。


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