投資が生む余裕
「だって僕たちは寝てるだけで役に立たないからねえ。見つかりにくくしてもらってありがたかったよ」
「それはそうですが……」
「ま、船ごと岸へ吹っ飛ばされる展開は予想してなかったけどね。ははは」
本当はここについた時点で家屋の中へ入れてもらう予定だったのだが、相次ぐ異変で後回しになっていたらしい。
目覚めたとき天地が逆転していたのには心底驚いた。
「ほとんどやっとることは博打やけどな。途中で船が沈んだら、全てパアや」
生真面目な和泉は、ガリガリと頭をかく。彼が元気だったとしたら、この計画には同意しなかっただろう。
「いいんじゃない? 人生は運だからねえ。それに、安全策をとってたらこの二人は助からなかったしさ」
「お前結構神経太いな」
「おかげさまで」
隼人のところに、手札が戻ってきた。二体の死骸からは、肉がすっかりこそげ落ちている。
「妖怪にも骨ってあるんだねえ」
そんな呑気なことを言っていると、和泉に後ろから手刀をかまされた。
「いて」
「そんな強くやっとらん。……で、どうする。これから」
「和泉は大阪に戻ってもいいけど、僕のやることは決まってるよ」
デバイス使いが復活しているとはいえ、市中はまだ混乱を極めているはずだ。自分はそこに戻って、指揮をとらなければならない。
「そうやな。俺は……」
和泉が言いかけた時、無線が鳴った。誰からだ、とお互い目を見合わせてから応答する。
「こちら参謀本部。無事か」
「三千院の」
「君こそよく無事で」
聞きなれた声に、二人とも前のめりになった。
「なんとか生きてる。新しい指示だ。悪いが、優先してこちらにかかってくれ」
二人は異論なかった。すると、葵はいきなりとんでもないことを言い出す。
「御神楽一尉は市内の制圧に。そして鷹司二尉は──鞍馬へ向かってほしい」
ひゅっと自分の喉から漏れる声を、隼人は確かに聞いた。
「今なら訂正してもええで」
和泉が口元をつり上げる。冗談はよせ、と言い出しそうな顔をしていた。
「わかっている。あそこは、妖怪たちの総本山だろう」
「だったら、なんで」
声を荒げた和泉に対し、葵は淡々と言った。
「借りができた」
それから葵は、今まであったことを淡々と語る。隼人はじっとそれを聞いていた。
「……そう、天狗たちが」
全ての話を聞き終わった後、隼人はつぶやいた。和泉も夕子たちも、息を飲んで反応をうかがっているのがわかる。
「市内の戦力については、響姉から」
報告を受けた隼人は驚いた。思っていたよりずっと多くのデバイス使いが生き残っている。
「こんなに」
「……当初の予定では、この三分の一近くが死亡しているはず」
「屋外で活動の予定だったからな」
再び話し手が葵に変わる。
「それをまつり婆さんが全部拾ってた。まだデバイス使いが動けない街中を走り回ってな」
隼人の域がつまった。言いたいことはたくさんあるのに、それが口元でぶつかりあっている。
「……あの人らしい」
ようやく、その一言だけを絞り出す。目の奥が熱くなったが、まばたきをしてなんとかこらえる。
「せっかく婆さんが残してくれた選択肢だ。出来るならそれを使って、鞍馬にも助けを出してやりたい」
葵の声には含みがあった。彼は自分が知らない何かを、すでにつかんでいる。きっとそれは、自分達の考えを大きく変えるものだ。
隼人は空を見て、大きく息を吸った。そして葵に向かって答える。
「分かった。鞍馬へ向かうよ」
「助かる」
「うちの兵をいくらか持っていくけど、構わないかな」
そこら辺は任せる、と葵は言った。すっかり放任主義が板についている。
「任せてくれるのはいいけど、報告はちゃんと聞いてね」
「猛兄貴と九丞なら、その辺りはわきまえてる」
「ん? 君は?」
意外だった。これではまるで、葵が指揮を放棄するようではないか。プライドの高い彼が、そんなことをするとは思わなかった。
「いなくなるわけじゃない」
こちらの考えを読んだようなタイミングで、葵は言った。
「ただ、これからは最終作戦にかかりっきりになるんでな。国内のことはあっちに任せるだけだ」
葵は手短に自分がどこへ行くかを告げる。作戦内容は極秘らしいが、断片だけでも隼人を驚かせるのに十分だった。
「君といると退屈しないよ」
「それはどうも」
葵はすぐに通信を切った。隼人は低く笑い、まだ固まっている和泉の背中をどやす。
☆☆☆
動かした指が、わずかに地面をひっかいた。刺すような痛みはなく、ただ柔らかなぬめりがある。
周りが騒がしい。ぱたぱた、とてとてという軽い足音。それとは反対に、交わされる会話は殺伐としていた。
「そっちも塞げっ」
「子供たちは奥へやるんだ」
「土を持ってこい、早く」
ああ、何かに襲われているのか。紫は漠然と理解した。行き交う声は増え続け、そのどれにも焦りが混じっている。
(強い敵なのかな)
紫は興味を引かれ、ゆっくりと目を開いた。
走り回っているのは、河狸たちだ。いつものんびりしている彼らには珍しく、全員殺気立っている。
「生き残るのだっ」
「今度も、みんなで」
「最後まで、あきらめてたまるか」
──ああ、あの時と同じか。暗い穴のなかで、それでも『先』を目指した瞬間と。
なら、自分の力が役に立つはずだ。
何度でも。どこへでも。守るべき存在がいるのなら。




