一致団結
「あんたらがあくまでやる気なら、こっちも同じことさ!」
鵺の尾だけが、ちらりと琴の視界をかすめる。それが嬉しげに揺れていたのが、ひたすら胸糞悪かった。
琴は刀をつかんで立ち上がる。追わなくては、とただそれだけを考えていた。だから、次に言われた言葉の意味が、しばらくわからなかった。
「青天目さん、下がって!」
「え?」
問いただす前に、耳をつんざくような銃声があがった。一般兵たちが銃を手にもち、鵺に弾をあびせかけている。
「強化弾だ、少しは効くだろ!」
「後のことは考えるな、全弾ぶちこめ!!」
兵たちの士気は高い。しかし琴は倉町に向かって怒鳴った。
「避難してるはずなのに、なぜこんなに残ってる!?」
「安全なところに行くとは言ったけどね。逃げ出すとか武器を捨てるとかは一言も口にしてないよ」
だってさあ、何かの時に役に立つかもしれないし。知っての通り、僕空気読まないからね。
しれっとした調子で倉町が言うので、琴の怒りはさらにつのる。
「この不良中年がっ!! 鵺相手に何やってるっ!!」
琴の心配は杞憂ではない。鵺は一瞬だけ動きを止めたものの、また攻撃を再開した。
(追い付くには、時間が足りない!)
走る琴が絶望しかけたその時、鵺の前に誰かが立ちふさがった。
「残間!!」
「いちいちしつこいんだよ、てめえは!!」
残間は両手を広げ、鵺の前に陣取る。そこには怯えも迷いもない。琴にはそれが信じられなかった。
(しかも分身じゃなく……本体だ!)
デバイスを着用しているのが見える、間違いない。今度倒されたら、本当に死ぬのだ。
もちろん、鵺も気づいている。
「うるさい小僧だねっ!」
鵺の口が大きく開いた。その瞬間、残間が叫ぶ。
「今だ!」
その声を合図に、物陰からナイフが飛んできた。本数こそ少ないものの、口内に刺さることで威力を遺憾なく発揮する。
「ごほっ」
咳き込む鵺に、月見里が微笑みかける。
「力は強いが、最後の詰めが甘いデスネ」
月見里はそう言うと、今度こそ力を使いきったらしく、倒れた。残間があわてて彼をかつぐ。
その背後で、べっと音をたてて鵺が血とともにナイフを吐き出した。
「逃げ切れるとでも思ってるのかい!?」
そう、今の彼らの足では無理だ。
しかし、逃げる必要はない。
(追いついた!)
ようやく鵺の体が、琴の刀の射程内に入った。琴は右足で踏みきり、鵺の正面に回りこむ。
「お前は──」
鵺に皆まで言わせる前に、琴は手に力をこめる。
突きひとつ。鳩尾。
突きふたつ。頭中央。
そして最後──
「はああああっ!!」
琴が全力をこめて放った突きは、鵺の喉元を貫いた。揺れた巨体は、やがて音をたてて地に沈み、動かなくなった。そして呪詛を残し、この世から消えていく。
琴は荒い息を吐いた。その音に、和泉の声が重なる。
「終いにするで、ガルーダ!!」
ごうっと風が強くうなった。実体を持たない空気の鳥が歌っている。手傷を負ったスキュラが、反射的に体を丸めた。
鳥から放たれた羽が、一つに固まって巨大な三日月を作る。それは曲線を描き、瞬時に琴の目の前を駆け抜けた。
土埃があがり、琴はとっさに目を閉じる。情報が制限され、いつもより鋭くなった琴の耳に、叫び声が聞こえてきた。
怒っている。
純粋な感情の塊が、もっと力をよこせと憤っている。
しかし天は、その声を聞き入れようとはしない。むしろかき消すように、風が吹き荒れる。
恨みと怒りを飲みこんだ一陣の風が通りすぎると、ようやく川沿いに静寂が訪れた。
☆☆☆
「……で、終わったばかりのところ大変不躾なのですが」
鵺とスキュラの死体が燃えている。その前でたたずんでいると、隼人の後ろから声がかかった。
「なに、琴。そんな他人行儀な言い方しなくても、普通に答えるよ」
「いえそんなっ」
彼女は完全に、使用人としての態度に戻ってしまっている。隼人はため息をついた。
「なんだい。ずいぶんと、お兄ちゃんには冷たいじゃないか」
「お、おに……」
「夕子姉さんがお姉ちゃんなら、僕はお兄ちゃんだろ。簡単なことじゃないか」
隼人が言うと、琴は耳まで真っ赤になった。
「あ、あれは……極限状態で、どうしようもなくて……」
「そういう時こそ本音が出るものだと思うけどな」
隼人がやりこめると、琴はぐうの音も出なくなった。横で見ていた夕子が苦笑いしている。
「まあまあ」
見かねたのか、和泉が話の流れを遮った。
「あんまりいじめたんなや。で、何か聞きたいことがあったんちゃうんか?」
それでようやく、琴も調子を取り戻す。
「そ、そうでした。お二人は、どうやってここに?」
琴が問いかける。そういえば話す暇も無かった。
「出張先で和泉と別れて、大阪市内で倒れてたのを運良く拾ってもらってね。二人とも船に乗ってきたんだよ。倉町三尉たちと一緒に」
意識はないから、乗ったというより乗せられたのだが。
クルーザーの底に、ちょうど箱のようなボックスがある。そこに緩衝材および呼吸装置と詰め込まれていたわけだ。
事情を知った琴が青くなる。隼人は何でもないよ、と彼女に言った。




