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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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老獪な獣

 夕子ゆうこ和泉いずみの方に目をやった。こちらは隼人はやとたちと違って、直接的な殴り合いになっている。


「ほらほら、ちったあやり返してきな!」


 スキュラが全身をくねらせて、和泉に迫る。厚い風の壁が、和泉の周りに出来上がった。しかしスキュラは、それを待っていたと言わんばかりににやつく。


「何度も同じことをするんじゃないよ!」


 スキュラの手が、風の壁の中に差し込まれた。


「あんなことができるの!?」

「あの壁、よく見れば所々に切れ目があります。スキュラはそれを狙ったんでしょう」

「塞いでしまうことはできないの?」

「無理です。そんなことをしたら、使い手が酸欠で死んでしまいますよ」

「なんてこと……」


 夕子が嘆くのと同時に、スキュラが和泉の足をつかむ。そのまま握りつぶそうとしたが、今度は風に阻まれた。


 なんとかスキュラの指を切り裂いたが、和泉は空中へ放り出される。弧を描いた後、背中から地面に叩きつけられた。


「起き上がって……こない」


 周りに風は吹いているものの、和泉は落ちたときの姿勢のまま動かない。あのままやられてしまったのか。夕子が言葉もないまま固まっていると、不意に右手が暖かくなる。


 無意識にそちらを見た。ことが、手を握ってくれている。


(大丈夫です)


 彼女の目が、はっきり言っている。


(そう)


 夕子は了解のしるしに、彼女の手を握り返した。戦に関しては、琴の方が確かである。


「とっととその風を脱いじまいな」


 スキュラが和泉にのしかかる格好になった。その時、和泉の右手だけが素早く動く。


 景色が歪んで見えた。風を一ヶ所にまとめて作った渦が、正面からスキュラの胸をうつ。


「がっ……」


 よほど力がこもっているのだろう。スキュラの胸が丸くへこんだ。怪物がひるんでいる間に和泉は起き上がり、間合いを戻す。


(倒れていたのも、作戦のうちですか)


 夕子は感心した。和泉と隼人はともに攻め方のコツをつかんだようで、さっきより安心して見ていられる。


「何度も同じことをするな、と言うとったな」


 空中を舞いながら、和泉がスキュラをにらみつける。


「じゃあ、こういうのはどうや」


 和泉の風が、今度は地面に向かって放たれる。河原近くの石くれや流木が、一斉に宙に浮き上がった。


「そらっ!」


 和泉の号令がかかると、浮遊物がスキュラに向かって降り注ぐ。礫はそう重くないが、風の後押しを受けているため弾丸のような速度でスキュラに刺さった。


「このガキ……」


 スキュラがたまりかねた様子でうしろに下がる。よし、と言いかけて夕子はふと気づいた。


(あれ……)


 どうしてだろう。自分の中に、ぬぐうことのできない違和感がある。夕子は不安をごまかすように、唾を飲み込んだ。


(私が心配性なだけかしら)


 夕子は琴を見る。すると彼女の顔にも、不安の色がにじみ出ていた。


(気のせいじゃない。でも、一体何が原因なんでしょう)


 自分の不安を、誰かと分かち合いたかった。しかし不用意な一言で和泉と隼人を危険にさらすわけにはいかない。


 結局夕子は言葉を飲み込み、隼人の方に目を向ける。


 こちらはさっきとは攻守が逆。隼人がぬえの放つ炎を、テンポよく押し返していた。


「うぬっ」


 元々気の短い鵺は、自分の攻撃がさっぱり通らないことに腹をたてている。赤い顔が、ますます色濃くなっていた。


「これはどうだいっ!」


 鵺がついにしびれを切らした。彼女の体が光り、青白い炎が隼人に向かって走る。


 赤い炎より、白くなった炎の方が温度が高い。鵺は隼人を、全力で相手するのにふさわしいと見てとったのだ。


「まだまだ甘いね」


 隼人は手持ちの札を、ざっとその場にばらまく。札はそれぞれ五枚ずつくっつき、炎を次々吸い込んでいった。


「ちぃ、これもダメか」


 鵺が舌打ちをし、離脱の構えに入る。すると、隼人がにっこり笑いながら首をかしげた。


「今度は逃がさない。だいたい速度が読めてきた」


 隼人が一歩後ろに引く。すると横手から、黄色い光が鵺目掛けて伸びてきた。


 ただの光だけでなく、実体も伴っている。鞭のような鋭い横薙ぎによって、鵺の体が吹っ飛ばされた。


 地響きが起こる。鵺は足をやられ、川を背にして横たわった。


 隼人はじりじりと鵺との距離をつめる。勝負は終わりに近づいている、と夕子は思った。


(──ん?)


 しかしその時、またさっきの違和感が夕子を襲う。


(ああ、もやもやする)


 頭の中で追いかければ追いかけるほど、霧のように予兆は逃げていってしまう。するとその時、琴がいきなり立ち上がって叫んだ。


「隼人さま、ダメです!」


 あまりの彼女の剣幕に、夕子は息をのむ。だがその間も、隼人は歩みを止めなかった。


 そして、とうとう鵺まであと数歩で届くというところで──鵺が急に起き上がった。


「隼人!」

「隼人様!」


 二人はほぼ同時に叫ぶ。隼人もようやく立ち止まった。だが、もう遅い。


「かかったね!」


 鵺は隼人の頭上を飛び越える。隼人は防御の構えをとるが、鵺の炎に煽られて倒れた。四方は炎、どこにも逃げ場はない。


「なんとかしのいで……」

「大丈夫よ、今までだってうまくやってきたじゃない……え?」


 琴をなぐさめようとして、夕子は気づいてしまった。和泉が地面に倒れていることに。


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