ナイト登場
「どこから出てきた、若造ども」
「女二人はただの囮だったの? そうだとしたら手がこんでるけど」
振り返った琴の目に入ったのは、怒りに燃えている二体の妖怪。そして、立っている二人の男。
「御神楽の、それに──」
「隼人っ!」
呼びかけに、男たちは笑って答えた。
「選手交代や」
「姉さんたちは下がって!」
和泉がスキュラに、隼人が鵺に対峙する。早速妖怪たちが、舌なめずりをした。
「初めて見る顔だねえ! 潰すのは惜しいが、仕方無い!」
スキュラの犬たちが、和泉めがけて突進する。合計六体が、ばらばらのタイミングで襲いかかった。
和泉はよけない。そのため、全ての攻撃が命中する。犬たちは勢いづいて、さらに攻撃を繰り返した。
「……はあ」
猛攻の最中だというのに、琴にはその声がやけにはっきりと聞こえた。
「やるならもっと本気で来んかい」
和泉は無傷だ。よく見ると、彼の前には風の壁がある。犬たちは必死にそれに向かって体当たりしているものの、壁はびくともしない。
「ガルーダ、吹き飛ばせ!」
和泉が攻撃に転じた。犬たちがモタモタしている間に、彼の周りの流れが変わる。
一カ所に集められた風は、出口を与えられるとそこへ殺到する。風は巨大な犬の頭を易々とひねった。
あらぬ方向を向かされた犬たちが哀れな声を上げ、主の元へ帰ろうとする。その時、和泉が指を弾いた。
犬たちの背後から、さらに追い打ちがかかる。結果、めちゃくちゃにはね返った犬の頭が、次々とスキュラにぶち当たった。
「ぐっ……」
連続してのしかかる質量に、スキュラの体がぐらつく。そして音を立てて、河原に倒れ込んだ。
「悪いなあ。こっちは気付いたら少女趣味の棺の中で、機嫌良うないんや」
和泉がぼやく。琴にも状況がよく分からず、目をしばたいた。
「そうだね……まあ、作った人の目星はついてるけど」
隼人も同じ扱いを受けたらしい。彼には珍しく、顔をしかめている。ただしそれは一瞬で消え、再びいつもの隼人に戻った。
「でも、良かった。今度こそ、正面からたたきのめせる」
隼人の手に、白い人形が浮かび上がる。わずかな間に、その先端が尖って無数の矢になった。
鵺が空中を忙しなく飛び回る。黒い毛が生えた体は、夜の雲と混じるとほとんど見分けがつかなかった。だが、隼人は涼しい顔のままだ。
「逃げたところで同じだよ。お前は汚れすぎている」
人形たちが空へ舞い上がる。白い矢たちは的確に、空中のただ一点を捉えていた。
白矢が次々と、一つの黒雲を射貫く。苦悶の声と共に、鵺の巨体が地上へ落ちてきた。
「小僧……」
「お久しぶりだね。姉と妹が、ずいぶんと世話になったようで」
口を動かしながらも、隼人は鵺への攻撃をやめない。札と人形が忙しなく宙を舞っている。
「あのときは三千院の御大が相手だったから、負けても格好付いたさ。しかし若造に負けたとあっちゃ、死後まで笑いものにされるだろうね」
隼人が見栄を切った。その時、和泉から声がかかる。
「一人一体な」
「分かってるよ」
手短に言葉をかけ合い、男たちはそれぞれの敵に向かい合う。本当の勝負はこれからだ、と琴は心の中で強く思った。
☆☆☆
夕子は痛む体を起こした。隣にいる琴は寝ていろと言うが、この状況が気になって仕方がない。
「大丈夫……どこも折れてないから」
これは強がりではなかった。自分は琴たちと違って鍛えていない。骨が折れていたら、泣きわめいているはずだ。
目を大きく開く。まず見えたのは、自分の近くにいた隼人だった。鵺が次々に繰り出す噛みつきを、札の火力でうまくかわしている。
「ちっ……やたらと焦げるね、この火は」
鵺が忌々しそうに言った。炎使いの妖怪は、多少の熱には耐性がある。しかし隼人の炎は、確実に鵺の体を蝕んでいた。
「不浄なものはよく燃えるんだよね、これ」
位置取りを細かく変えながら、隼人がうそぶいた。
「けっ」
鵺が面白くなさそうに前足をはらう。そこへ式神たちが食らいついた。
「鬱陶しいんだよ!」
微弱な式たちは、本気を出した鵺にはたかれるとあっけなく弾け飛ぶ。
「ぐっ……」
しかし、さっきまで楽しそうにしていた鵺が、顔をしかめる。
「いい感じに符で痺れてる? 重畳重畳」
鵺の動きが遅くなった間に、隼人が地面へ符を滑らせる。符は鵺の下に潜り込んだ。
「発!」
隼人のかけ声と同時に、符が光を放つ。その光は鵺の腹を焼き、五芒星の印をはっきりと刻んだ。
「ぐあ……」
鵺の巨体がぐらつく。隼人はさらにたたみかけようとしたが、鵺は体を翻した。そのまま上空へ登り、間合いを長く保つ。
隼人が面白くなさそうに、手持ちの符を強く握った。
「さすがに、うまい」
夕子の耳元で、琴がつぶやく。
「うまいって何が?」
「引き時をわきまえている、ということです」
あのまま鵺が同じ場所にとどまっていたら、間違いなく隼人の追撃をくらっていただろう、と琴は語る。
「敵に傷を負わせるのも重要ですが、自分の深手を避けるのも同じくらい大事です」
「なるほど。……この勝負、長引きそうね」




