惜しいと認める潔さ
「!」
天逆毎が動き出した。夕子はすかさず次のステップを繰り出し、相手の動きを封じる。
「ふう」
なんとか敵の動きが止まった。夕子は汗をぬぐう。
(これだけの強化ケーブルを引きちぎってくるなんて、やっぱり怪物だわ)
人間たちも、デバイスだけに全てを任せているわけではない。一般兵が用いる武器や資材も、敵に合わせて進化している。
より強く。より軽く。
そんな先の見えない地道な積み重ねが、今実ろうとしている。
(ストップの数は……まだ大丈夫)
パイプオルガンに使われる管の数は、四千本を超える。それを同じ音の列でまとめたものをストップという。
ただし夕子の操るオルガンは、普通のものとはひと味使っていた。本来なら空気を通すためのパイプは、全てロボットアームとして操作が可能。その動きが近い物が、ストップとしてまとめられている。
夕子は目の前のモニターを見つめた。
天逆毎の全身をとらえ、少しでも守りが薄くなったところをアームで襲う。そうやって、じりじり一カ所へ誘導していく。
生身の夕子がその場にいたら、とても無理な芸当だっただろう。圧倒的な力も、離れたところでモニター越しに見ればゲームのようになる。しかも、全角度をくまなく見られて隙が無い。
夕子はペダルを踏み、鍵盤をたたき、ノブで緩急をつける。
力の差は分かっていた。だからこそ、技術でそれを補わなければならないのだ。
(……だいぶ、反対もされましたけど)
これまで巫女は、現地に赴いて設備操作を行ってきた。夕子以前に、例外はない。それゆえ、夕子が遠距離からの全自動化を提案した時の反発はすさまじかった。
『巫女のくせに、命が惜しいのか』
面と向かってそう言われたことを思いだし、夕子はひとりで笑う。
「惜しいわよ」
そう言い返してやった時の、相手の間抜け面といったら。
(誰に責められてもいい。私は、最後まで生きることを諦めたくない)
自分は祖母ほど、人間ができていないのだとつくづく思う。しかし、譲るつもりはなかった。
かつて、人の命が部品だった仕事があった。でももう、そんな古いしがらみは必要ない。
機械は、技術は、人を生かす。正しい姿に、やっと戻ってきた。それだけのことだ。
夕子の手に力がこもった。攻撃の度にストップの数は減り続けているが、天逆毎はかなり引き寄せられている。
「このっ……!」
大妖怪が恨みの声をあげるのを、夕子はしっかり聞いた。
「悔しそうだこと。……まあ、こちらも意地が悪いのだけど」
夕子はつぶやく。さっきからあえて天逆毎の足元を狙い、腹に力を入れて踏ん張らないといけないようにしているのだ。
(入ってきたとき、気付いて良かった)
体をかばっているので、不自然な動きになっている。夕子はそれを見逃さなかった。
(どこで誰にやられたか知りませんけど……めいっぱい利用させていただきます)
夕子はくすくす笑う。最近、性根が曲がってきたようだ。
「どこかの誰かが、うつったのでしょうか」
その問いに答える者はいないが、夕子は最後の仕上げに入った。
足元に一つ、手元に一つ。各管に通じる、熱戦の出力調整レバーだ。迷うことなく、最大レベルまで引き上げる。
天逆毎をアームが捕らえた。壁面の管が、音をたてて動き出す。丸い口を、彼女に向けた。
次の瞬間、天逆毎が吠える。暴風が荒れ狂い、ロボットアームが全て砕け散った。
しかし、夕子の方が速い。全ての力をこめて、鍵盤に両手を叩きつけた。
全ての管から、白光が生じる。その狙いはただ一つ、さっきから天逆毎がかばっている腹部。
初弾が命中した。天逆毎の体から、黄色い炎があがる。
「まだまだっ!」
これで守りのためのステップは使い切った。立ち直る時間を与えたら、システムを破壊されてしまう。夕子はひたすら攻撃を続けた。
「ぐあ……」
天逆毎の上半身が、ぐらりとかしぐ。
夕子は残っていた全ストップを解放。それと同時に、熱線をたたきこんだ。
「出て行け」
夕子はつぶやく。一旦形になった思いは、すぐに心の中で大きく膨らんだ。
「ここから、出て行けッ!!」
夕子の叫びと同時に、全ての機械出力が最大になる。黄を通り越して白くなった光が天逆毎を包んだ。
モニターの画像が大きく歪む。しかしその中でも、夕子には見えた。天逆毎の足が、ついに地面から離れるのが。
「お……おおおおおっ!!」
うめき声とともに、巨体が吹き飛ばされた。そして轟音と、役目を終えたアームたちが崩れ落ちる音が続く。
夕子は固唾をのんで、それを見守っていた。
☆☆☆
都はじっと、目の前の胡蝶を見つめた。怒りのあまり、目元がかなりつり上がった状態で固まっている。氷のせいで光が屈折するため、顔が歪んでいて妙におかしかった。
(本当に不細工になったの)
心の中でそうつぶやきつつ、都は口を開いた。
「この氷はな、天より参ったのよ。分を忘れた愚かな狐に、少し灸をすえてやろうと思われたのではないか」
もちろんこれは真相ではない。胡蝶をからかっているだけだ。さんざんやられたのだから、それくらいは役得である。
胡蝶を捕らえているのは、涼(りょう)が放った氷の弾丸だ。




