ハイテクの巫女
ほんのわずか前までは、なんの苦もなくできたはずのこと。それが、何故。胡蝶の頭に、いくつもの疑問符が浮かんだ。
ぴしぴし、と音をたてて足元から何かがせり上がってくる。それを見て、胡蝶は小さく声をあげた。
「氷……?」
熱風と炎があれだけ吹き抜けた直後に。
ありえない。一体何故。
答えの出ない問いを、胡蝶はくり返す。頼みの狐火も、全身が凍りついたこの状況では助けにならなかった。
「うむ、よきかなよきかな」
うめく胡蝶をよそに、鼻唄でも歌いそうな様子で歩いてくる者がいる。それは、さっき完全に叩きのめしたはずの都だった。
「そ……の……姿は」
生きていることは想定内だ。しかし、始めに相対した時と寸分違わぬ都を見て、胡蝶は唸る。
(人を焼くには、十分な量の熱線だったはず)
それなのに、何故この女は傷一つ負っていないのか。
わからない。
ただ、わからない。
「よい感じに混乱しておる。お主が困っておるのは、こんなところではないかのう。ひとつ。その全身を縛っておる氷はどこからきたか。ふたつ。何故私がぴんぴんしておるのか。……どうじゃ、図星か」
すでに氷は、胡蝶の口元までせり上がっている。答えたくとも、言葉が出なかった。
☆☆☆
(……維持装置が凍ってる?)
天逆毎はいぶかった。元々そういうものなのか、デバイスで凍らせたのか。しかしあくまで表面的なもので、機能には関係が無かった。
(本丸を先に落とす)
そう決めた天逆毎は腰を落とし、長く息を吐く。肺腑が空になるまで吐ききると、交代に新鮮な空気が入ってきた。
「はっ!」
短い気合いの声と共に、正拳を結界に向かってたたきこむ。
一拍おいて、ぴしりと小さなひびが入った。卵を平たい卓にぶつけたようなほころびは、みるみる大きくなっていく。
そして亀裂が地表近くまで達した時、とうとう結界に大穴があいた。
(よし)
自らの拳の威力が落ちていないことを確認し、天逆毎は少し気を良くした。そして、鳥籠内部へ入りこむ。あてはないが、天逆毎は自らの嗅覚を頼ることにした。
(あっちに何か、面白いものがありそうだ)
足の向くまま、籠の中央で咲き誇る蓮の花へ近づいた。
遠くで見た時も、人にしてはよく作ったと感心したものだが、近くに寄ると一層細工の見事さが際だつ。花びらの一枚一枚に金の縁取りがあり、光る色も単色ではない。青が基本色だが、時々緑がかったり紫味を帯びたりと芸が細かかった。
天逆毎は蓮の真正面に立つ。すると、ひとりでに蓮が二つに割れていく。
「入れと?」
このまま花もろとも吹き飛ばしてやってもいいが、心臓部をやり損ねる危険がある。興味本位も半分手伝って、天逆毎は歩を進めた。
蓮の内部は螺旋状の階段になっており、どんどんそれを昇らされる。
(短気を起こさずにいてよかった)
面白いことになりそうだ、と舌なめずりすると同時に階段が終わった。その先の扉が、無音で開く。
(誘っているのか)
すると、この先に『巫女』がいるのだろうか。霊脈の守護者を食って力をつけるのも悪くなさそうだ。
意気揚々と扉をくぐった天逆毎だったが、そこにあったのは無数の金属柱だった。
(いや、ただの柱じゃない)
楽器だ。あめりかとやらに行った時に、ちらりとだが見たことがある。神への祈りの場によく備え付けられているが、いつも演奏者の姿はそこにない。
(もっとあちらでよく見ておけばよかったか)
これが霊脈維持装置の要であることは間違いない。そして、操り手は鷹司の巫女だ。きっと彼女はこの楽器の演奏者として、離れた場所にいるのだろう。装置の破壊とともに、彼女も見つけ出しておかなければ、面倒なことになる。
(怪しいところを、片っ端からあたってみるか)
天逆毎は小さく肩をすくめ、もう一度巨大な楽器を見つめた。その時、ふと背中に悪寒が走る。
(──ここは、危ない)
本能が、うるさいくらいに警報を鳴らす。
どこでもいい、天井をつき破ってとりあえず外に。
天逆毎がそう思った時、両肩をがっちりとつかまれた。それをやってのけたのは、人間でも妖怪でもない。大きな楽器から伸びてきた無数の管が、形を変えてしっかりと天逆毎の体にしがみついていた。
☆☆☆
「よし、かかった」
誰も聞く者はないと分かっていても、夕子はそうつぶやかずにいられない。知らず知らずの間に、呼吸が速くなっていた。
夕子がいるのは、酒蔵の廊下にある隠し扉──そのさらに先にある、小部屋である。そこは空調を除けば、大人一人がようやく入れるくらいの狭い場所だった。
腰掛けている夕子の目の前には、三連の鍵盤が並んでいる。それは全て手で操作するもので、足元にはもう一つ鍵盤がある。
夕子はこれで、離れた所から巨大なオルガンを操っているのだ。




