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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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途切れた猛攻

 胡蝶こちょうは吠えた。全身に炎をまといながら、一直線に地上めがけて降下する。


 足がすぐに、しっかりと大地を踏みしめた。その様子を、巫女姿のみやこが冷ややかな目で見つめている。


(気に入らない)


 もっとわめき、泣き叫び、許しを乞え。そうでなければ、この胸の不快さは収まらぬ。


 胡蝶は今まで自分に科していた封を、次々と解き放つ。数千年を生きた空狐、その四本の尾がかっと天めがけてそびえ立った。


 周りの木々が熱にあおられ、ばらばらと葉を落とした。残った幹と枝が、泣き声のような不気味な音をたてる。


「空狐が一柱、唐の胡蝶。私を甘く見ていると、痛い目にあうぞ」

「偉そうな肩書きをつけても、要は狐ではないか。稲荷にも入れなかった三下が、大きな口をたたくでない」


 都はそう言いながら、中段に構える。


「とっとと来い。──来ぬなら、こちらから行くぞ」


 都はにやりと笑った。そしてしばらく間をとってから、まっすぐに斬りこんでくる。


(速い)


 相当鍛えている上に、彼女の突きには迷いがなかった。半端な使い手では、刀を見ることすらできない。水平になった刃というのは、敵からとらえにくいようにできているのだ。


 だがそれは、あくまで人間としての話。胡蝶は後ろに歩を引き、最小限の動きで突きをかわした。


(馬鹿が!)


 胡蝶の頬を裂いた嫌な剣圧もない。本当に剣だけで決着をつける気か、それとも近くでは使いようがないのか。どちらにしても、胡蝶には好都合だ。


 胡蝶は攻撃に入った。対して都の方は、まだ突きの名残から抜け出せずにいる。


(当然)


 渾身の力を入れて振っているのだから、その動作の途中で逃れることはできない。そこが胡蝶の狙い目だった。


 お返しとばかりに、胡蝶は体をひねって突きを叩き込む。手にはめている金属爪が、確実に都の胸元をとらえた。


「終わりだ!」


 胡蝶が叫ぶ。しかし目の前の獲物は、くっと後方へ移動した。予想より遥かに大きい引き方だ。


 爪はあえなく、空を切った。小生意気な女は、まだ無傷のまま空を飛んでいる。胡蝶は都をにらみつけた。


(あの動き、とても小娘の脚力だけでは不可能だ)


 何か仕掛けがあるにちがいない。胡蝶はなめ回すように、都の全身を見つめた。


 異変はすぐに目に止まる。都は和装だが、その足元には似合わぬ機械つきの靴がはまっている。


(人間どものからくりか)


 種がばれてしまえば、どうということもない。組み合っているうちに、大体の射程もつかめてきた。あとはあの飛び道具を出されるより先に、決着をつけてしまえばいい。


「何じゃ、それで終いか」


 都は、胡蝶の変化にまるで気づいていない。相変わらず不適な笑みを浮かべたまま、愛刀を正眼に構えている。


(そのまま、もう一回来い)


 今度来た時が、お前の最後だ。胡蝶はこっそり、心の中でほくそ笑んだ。


 十分に呼吸を整えた都が、再びこちらへ向かってくる。今度は馬鹿正直に、正面からの打ち下ろしだ。


 胡蝶はその一閃をかわし、鉤爪を引く。そして腕が下がって無防備になっている都の側頭部に斬撃をたたきこんだ。


 わざと手加減したので、爪先が都の脳をえぐり出すことはなかった。そのかわりにぱっと血が散り、白い上衣に赤い点々が染みる。


 胡蝶は都の顔を見た。思った通り、衝撃で瞳が左右にうろうろ動いている。人の世界では、脳震盪とでもいったか。


 頭部に一定以上の衝撃をうけると、ふらつき・頭痛・平衡感覚の低下が起きる。こうなると、防御する余裕など消え失せるのだ。胡蝶は、これを待っていた。


「人は弱いからねえ。ちょっとの炎で、二目見られぬ姿に変わり果てる」


 胡蝶の目が、興奮できらりと光った。華奢な体の周りでは、出番を待っていた炎の渦が忙しなく動き回っている。


「さ、行っておいで」


 都がへたりこんだままなのを確かめてから、胡蝶は狐火を放った。長く尾を引きながら、炎は巫女のもとへ突進する。


 一切の容赦なく、白い閃光と土煙がその場を満たした。時折その中から聞こえてくる声は、意味のある言葉を成していない。吠えているのか、泣いているのか、あるいはその両方か。胡蝶には区別がつかなかった。


(おっと、やり過ぎるとそのまま死んでしまうね)


 逝かせる前に、醜く変わり果てた顔を見せておかなかければ。そして、私との違いを思い知らせてから──殺す。


 胡蝶の口から、低い笑いが漏れる。周りの木々はすでに無く、その声は実によく響いた。


 突然その中に、からんという金属音が混じる。


「ん?」


 胡蝶は音のした方を見る。あちらこちらにひびの入った日本刀が、折れた傘のごとく放り投げられていた。


「おや、刀は武士の魂なんじゃなかったの?」


 胡蝶は軽口をたたく。戯れに刀のところまで降りていき、それを軽く足で蹴った。


 気が遠くなるほどの打ち伸ばしを経て意志がこめられたはずの刀身は、あっけなく地面を転がっていった。粉々に砕けなかっただけでも大したものである。


(あの女の目の前で折ってやった方が、面白いかもしれない)


 そう考え直した胡蝶は、さらに歩みを進めようとした。()()()()()()()()()()()


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