山の巨人
今回は初撃を逃れたに過ぎない。絶望的なのは、前方に回り込まれていることだ。もう無傷で貴船に抜けることは出来ない。
「応戦しろ! どんな手を使ってもいい」
滝蔵は大岩を放り投げながら、叫ぶ。子分のガマたちも、それに続いた。
(この蜂も計算は出来る。相手が強いと分かれば、ひるむかもしれねえ)
それしか手がないと悟った老天狗たちも、必死の抵抗に出る。
「くらえっ!」
「こっちもじゃ」
老体を酷使し、蜂たちに体当たりをしかけた。しかし、相手はそれを全てかわしきる。
「じいさまたち、女子供の近くにいろ!」
天狗たちの健闘もむなしく、蜂たちはどんどん斜面を上ってきている。滝蔵は大声で指示を飛ばした。
「怪我した奴は上に行け! まだ動ける奴は仕掛けをいじるのを手伝え!」
声に応えて集まってきた天狗たちだけを連れ、滝蔵は山を上っていく。
昔は参道として使われていた、細い道に入った。全員がそろうと、滝蔵は腕組みをする。
「準備はいいな」
「へい」
「まだバラけてる……よく引き付けろよ」
老天狗たちが、じんわり汗をかきながらうなずく。下からの羽音が、徐々に大きくなってきた。
「今だっ」
天狗が年をくったのばかりなので、滝蔵は心持ち早めに号令をかける。
読みは当たった。参道に並ぶ赤灯籠から生じた炎が、蜂たちを包み、炎上させる。
「ほほ、当たった」
「まだまだ若いもんには負けんわ」
「ジジイ共、喜んでねえで次の弾こめろっ」
一発当たっただけできゃっきゃとはしゃぐ様に頭を抱えつつも、滝蔵は指示を出す。
程なくして、第二波が発射される。この作業は、数度にわたってくり返された。だが、滝蔵の恐れていたことがついに現実になってしまう。
「親分、奴らがひるまなくなってきたぜ」
「ちっ」
こけ脅しがきくのもそう長くはないと踏んでいた。しかし、蜂たちの反応速度は予想を遥かに上回る。
「仕方ねえ、本殿まで行け。みんなを連れて、山の奥まで入るんだ」
「わかったっ」
滝蔵はここで、奥の手を出すことにした。天狗たちを先に行かせ、自分は山道をひた走る。
(ああくそ、道が狭え)
自分がふとましいだけ、というつっこみは頭の中からしめ出した。滝蔵は時々周りの木を犠牲にしながら、山道を進む。
山の中程で、二つの道がぶつかる。そこには、玉杉と呼ばれる大きな木がそびえていた。
「あれだな、目印……」
大黒天の異名を持つめでたい木らしい。鬼一も縁起をかついだのだろうか。そう思いながら、滝蔵は辺りを見回した。
「来やがった」
四方八方から、もう聞きなれた蜂の羽音が聞こえる。滝蔵は木の幹に刻まれた紋をたたき、合言葉の歌をとなえた。
「つづらをり まがれるごとに みずをおく」
みしっ、と背後で何かが動く音がする。滝蔵はさらに続けた。
「やまのきよさを くみてしるべく」
最後の一言と同時に、山肌が砕け散った。その割れ目から、全身が岩でできた巨人が姿を現す。
「侵入者ヲ発見」
巨人たちの目が、青い光を帯びた。群がってくる蜂たちをまとめて握りつぶし、叩き落とす。
「よし」
とりあえず効いている。問題なのはこの次だ。
蜂が巨人に近づく。鋭い牙が、滝蔵からもはっきり見える。
巨人は腕を振るが、蜂たちの何体かはそれをかいくぐった。そして次々と岩に食らいつき、自分の体を安定させる。
蜂の体が弓なりになった。尻についた針が、次々と巨人に突き刺さる。岩の巨人に毒がしみこんでいるが、生物のように直ちに崩壊することはない。
「でかしたっ、踏みとどまってる」
滝蔵は拳を握った。思っていたより時間が稼げそうだ。
「こいつらでできるだけ数を減らすぞっ。援護しろ野郎共」
「おおーう」
気合いを入れながらも、滝蔵は内心で冷や汗を流していた。これで、戦力はほとんど使いきったといえる。
(ここが突破されたら、いよいよあの時の再来だぞ)
二度と思い出したくない光景が脳裏に甦る。あの時は化け物じじいが出てきてなんとかなったが、今は違う。真夏だというのに、滝蔵は大きな身震いをした。
☆☆☆
「霊脈維持装置が、暴走した……」
突然蜂たちの動きを止めた、異様な寒気。ありえない季節の逆転を起こした御物の存在を、天逆毎は感じ取った。
「まさかと思っていましたが、本当に予備が実在したなんて」
胡蝶が唇をかむ。目と鼻の先にありながら、気付けなかったことが悔しくてならないようだ。
「よほど慎重にやっていたのだろ」
「しかしそれでも、このように大きなものを」
「他の場所なら発覚していただろうさ。だが、ここは京だ」
「鬼一法眼……」
「奴の縄張りさ。同盟という体をとっていた以上、あまりあからさまな真似はできなかった」
天逆毎の腹の傷が、じくりと痛む。歯がみをしながら、ようやく低い声を出した。
「死んでからもなお、忌々しい」
それを聞いた胡蝶の毛が逆立つ。だが、天逆毎の怒りは長く続かなかった。
(過去のことを言っても、取り返しはつかない。次の手は……一つしかないか)




