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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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種明かしの時

 ことは一番の疑問を口にした。噛まれた少女は健康そのもので、どこにも腐敗は認められない。廊下にある遺体と比べると、その差は歴然だった。


「私たち、ワクチンを打ってるんです」

「ワクチン?」


 琴の頭は、たちまち疑問符でいっぱいになった。それを見て、倉町くらまちが答える。


「そう。あの蜂たちは、体内の毒を対象に注入し、敵を倒す。ここら辺はこの世界の毒虫や蛇と同じだね」


 そこまではわかる、と琴はうなずいた。


「ただ、あの蜂毒は少々特殊でね。どうやら、蜂が腹の中で飼っている病原性微生物が本体らしい。だからウイルスと同じ挙動をするんだ」

「ウイルス?」

「体内で細胞内に侵入、そこを乗っ取って増殖し、全身の血管内皮細胞や臓器に障害を起こし腐敗を起こす。ただし本物のウイルスが発現まで数日から数週間を要するのに比べて、この毒はたった数十分もあれば全身の組織を破壊できるけどね」

「ならば細胞を乗っ取って広がる前に免疫系で捕捉すればいい、ということか」

「そうだよ。店頭で転倒させれば、最奥まで入られることはない。だろ?」

「わざとやってます?」

「何のことかな」

「……いえ、先をどうぞ」

三千院さんぜんいん家は先からこの作用に目を付けてたらしいよ。やっぱりお金のあるとこはいいねえ」


 倉町は一人で勝手にうなずいている。しかし、琴はどうしても納得がいかなかった。


「ちょっと待って下さい。そもそも何故、ワクチンが作れたんですか? 今まで誰も、こんな蜂の存在は知らなかったんですよ」


 ワクチン製造のためには、対象となる生物の毒素が欠かせない。なのにどうして、ワクチンが存在するのか。


 しかし倉町は、事もなげに言う。


「大量発生したのは初めてだけど、昔からちょこちょこ来てたらしいね」

「え」


 こんな生物が、すでに地上を行き来していたというのか。想像しただけで琴の胸はざわつく。


「今までは、やってきても数十体。しかも、生殖能力を持たない働き蜂ばかりだった」


 蜂の巣で卵が産めるのは女王だけで、あとの個体は働き手として巣のために一生を捧げる。異形の蜂たちも、同じ仕組みで集団を維持しているようだ。


「そうですか……慧眼のきっかけはなんだったんでしょう」

「三千院家と親しい人物が鍵だね」

「まさか」


 琴の頭に、人の良さそうな女子の顔が浮かぶ。


久世くぜ三佐だよ。調度訓練中に、蜂の群れと当たってしまったらしい。当時から死に方がおかしいと噂になっていたが、しばらくしてようやく原因が分かった」


 そのきっかけになったのは、事後処理を担当していたとある班の発言だった。


『死体の損傷があまりにも激しすぎます。成分分析にかけましょう』


 琴はわずかに眉をひそめた。


「解剖ではなく?」

「三佐の死体は液状化してたんだよ。そこから毒素を採取した。あとは生き残りの娘」


 毒素の解析。そしてなぜ、彼女が生き残ったのか。調べた結果、免疫反応が鍵だということまではつきとめた。


「……しかしここで、一気に完成とならないのが大人の世界ってやつでね」

「有用性は実証されていたのに?」


 琴が言うと、倉町は目を細めた。


「要は費用対効果の問題だよ。確かにワクチンは有効だったし、蜂は恐るべき敵だ。しかしそれはめったに来ない。だとしたら、どうなるか分かるね?」


 倉町の言わんとすることを悟って、琴は目を伏せる。


 軍事費は、昔に比べればかなり増えた。しかしそれは、無限に使えるわけではない。いつ現れるかわからない蜂より、隣国や妖怪対策に使った方が有意義と判断されたのだろう。


「……まあ、そういうわけで、長いこと埃をかぶっていた成果はあったんだ。三千院がなぜこれを掘り出したかは分からないけど、結果的に助かった。大体これでわかったかい?」


 倉町は話をしめくくる。琴はうなずいた。


「こちらに回してくれてもよかったのではないか?」

「それに関しては、お詫びしかないねえ。そもそも最近できたばかりで数が少なかったんだ。うちのラボ長はごり押しでもらったみたいだけどね」


 ありそうな話だ、と琴はため息をつく。京都支部は、違和感を抱きつつも引き下がったのだろう。


「とりあえずこれで、戦力の増強は出来る」


 わずかに希望が出てきた。夕子ゆうこはまだ部屋に閉じこもっているが、これなら頑張れそうだ。


「怪我人は、僕が今のうちに治そう。こっちへ運んで」

「助かります」

「布団は……ないか。これがホントに布団が吹っ飛んだってやつで」

「TPOって知ってます?」


 見直しかけた倉町の評価を元のラインまで戻しながら、琴は仲間を呼んだ。



 ☆☆☆



 なぜそこに行くことにしたのか。


 医学に入りこんで五年。その問いを再び聞くことになるとは、としゅうはため息をついた。


 医学の世界は、思っていたより遥かに広くて深かった。基礎を一通りやった後、さらに専門分野を学ぶのだ。


「で、どーするんだい、あんたは」


 修の師匠である玉世(たまよ)が、しっかりと肉のついた腕を組んだ。……まあ、肉がついているのは全身だが。医者より、食堂の元気のいいおばちゃんと言った方が似合う。


「どうしようかなあ……」


 迷っているふりをしながら、修はじっと師匠を観察する。顔色はいつもと同じ、特に夫婦喧嘩の形跡なし。よし、と修は腹を決めた。


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