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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
582/675

別れはまた会うための

 とりあえず怪我をした天狗の手当てを終える。そこで疾風はやてが、口を開いた。


「方法は聞いたが、肝心なところがまだだったな。お前はなんのために、こんなことをした」

「ああ」


 確かに成功したら教えると言っていた。少し余裕が出てきたあおいは、うなずく。


「そもそも、あの蜂たちがこの世界に来たのはこれが初めてじゃない。直近だと、八年前に侵入されている」

「意外と近えな」

「ついでに言っておくと、場所もここに近かった」

「でも、鬼一様きいちも見張りも何も言ってなかったぞ」


 天狗たちは悔しそうだ。お膝元で起こった事件に気づいていなかったのが嫌なのだろう。


「その時は、演習中の部隊にひきつけられたからな。鞍馬まで流れなかったんだろう」


 葵はざっと、演習場であったことを説明する。たちまち、怒りの声が上がった。


「その司令官、性根が腐ってやがる」

「ぶっ殺してやりてえな」

「もう死んでるって」


 盛り上がる天狗たちに、りゅうが冷静に釘を刺す。


「その司令官、葵兄の彼女の身内なんだよね。もう自分の命でつけは払ってるし、死後もぼろくそに言われたからここでは抑えて」


 龍が念をおすと、次第に天狗が静かになった。


「助かった。本題とは関係ない話だからな」

「いいけど。僕の流し目を野郎に使わせたんだから、高くつくよ」

「利子までつけて返してやる」

「あ、そうそう。さっき、『彼女』って言ったとき否定しなかったよね。いつの間にそういうことになったの」

「蜂に追われる身になった司令官たちは」


 葵は強引に会話を打ち切った。逃がさないからね、と龍が恨めしげにつぶやくのが聞こえてくる。


「司令官はとにかく逃げられる方へ走った。そして最終的に、山へ迷いこんでしまった。しかも足元はぬかるみ、気温は極端に下がっていた」


 先頭にいた司令官は気づいていなかったが、実はこの時運よく逃げ出してきた後続部隊がいた。彼らは司令官とは違い、平野部をつっきる道を選んだ。


「どうせ山に入っても、上をとれる蜂からは隠れられない。それなら車両で平野部を駆け抜けた方がいいと思ったんだろう」

「ま、妥当だな」

「妖怪でもない限り、そっちの方が得策だよ」

「しかし、予想に反して平野部を走った部隊は全滅した。ようやく応援が駆けつけた時には、車体と謎の赤黒い液体しか残ってなかった」


 葵が言うと、天狗たちが青ざめた。


「それに反して、()()()()()()()()()()()()()移動した部隊には生存者がいた」

「……おかしかねえか」

「本当に人間の話だよな?」

「そうだ」


 葵が答えると、天狗たちが唸り出す。彼らが妙に真面目に考えているのが面白かった。


「葵兄。もうやることやった?」

「お前しつこいな」

「だって、質問の答えはわかっちゃったもん。つまんない」

「はいはい、だったら天狗たちに教えてやってくれ」


 葵は自分より大きくなってしまった弟の背中を押す。


「えーとねえ、だから、平地と山で何が違うか考えればいいんでしょ? 木の多さが障害にならないんだったら、気温が一番可能性高いんじゃない?」


 龍の言葉に、天狗たちが食いついた。


「気温?」

「確かに、山の上は寒いけどな」


 山で暮らしている天狗たちは、体感的にそれを知っていた。


「一般的に百メートル高度が上がると、気温は〇.六度下がる。低温に晒された彼らはどうなったか」


 葵はモニターを指差した。そこには地上に転がる蜂たちが映っている。彼らはさっきの勢いが嘘のように、手足を丸めて腹を見せていた。進化種はさすがに動いていたが、強い冷気の元から積極的に逃げ出していく。


「……死んでるのか?」

「そこまではわからん。ただ、動けなくなる限界があるんだろうな」


 これと同じことが、八年前にも起こったのだ。山頂付近は風も強く、予想より遥かに寒かった。それで蜂たちの動きが鈍ったのだ。


「だからあれを狙ったのか……」

「ああ。ここまで冷えるのは予想外だが、市内全域の気温が下がれば俺たちが有利になる。さすがに天逆毎あまのざこも、今の時点でここまで対策はしてないはずだ。数が多い一般種だけでも落とせれば御の字だ」


 京都の夏は暑く、冬は底冷えするほど寒い。わざと季節を逆転させるのが、葵の狙いだった。


「じゃ、今からはじっくりあいつらを退治できるわけだ」


 天狗たちが立ち上がった。目には怒りの炎が燃えている。しかし、葵は首を横に振った。


「いや、ゆっくりしている時間はない。天逆毎はすぐに蜂たちの弱点に気づく」


 すでに一度改良種を産み出しているのだ。今度は寒さを克服した個体を作ろうとするに違いない。


「猶予時間はわずかだ。この間に、こちらはデバイス使いを復活させる。お前たちは邪魔が入らないうちに里へ帰れ。まっすぐ行けば、まだ間に合うかもしれん」


 葵が言うと、疾風も腰を上げた。生き残った者を集めて、隊列を組ませる。


「疾風」

「ああ?」


 怪訝な顔をする彼に向かって、葵は短刀を放った。疾風はしっかりそれを受け止める。


「持っていけ。もうお前のものだ」

「ああ。そっちはそっちでよろしくやれ」

「……全部終わったら、一度くらいは顔を出せ」

「ああ。あのババアと、親分と……飯綱いづなもいるんだったか」

「それもあるが。いいものがあるぞ」


 使うことがなかった、鬼一法眼きいちほうげんの肉声。今度は嘘じゃない。その言葉を誰よりも聞く権利があるのは、疾風だった。


「は、お前の言うことだ。値引いて聞いとく」


 何も知らない疾風は、嫌味を口にする。そして、今度こそ振り向かずに飛んでいった。


「……大丈夫なの、あれ? ヘロヘロじゃない」


 飛んでいく疾風たちを見て、龍が身も蓋もない感想を口にする。葵は軽く肩をすくめた。

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