分かってしまえば仕掛けは単純
「見てもいないのに、知った風な口をきくな」
「見てはいなくても、あの性悪さとお前の単純さをかけ合わせれば大体のことは分かる」
疾風が顔を真っ赤にして暴れだした。しかし手足を振り回すたびに、結び目がいっそう強固になっていることには気づいていない。葵がそういう風に結んだのだ。
まだしばらくは、話ができそうである。
「そもそもおかしいと思っていた。鬼一は天逆毎の敵意にはとっくに気づいていた。それなのに息子のお前は、彼が死んだ途端にころっと手のひらを返す始末。向こうから何らかの接触があったと考えた方が自然じゃないか」
鬼一が生きている間は、疾風も天逆毎を疎んでいたはずだ。完全な親父かぶれなのだから。だとしたら説得に使われたのは……。
「どうせ鬼一をネタにされたんだろう。お涙ちょうだいの最後の肉声でも聞かされたか?」
「どこで聞いたっ」
「そうか。今確信が持てた。ありがとう」
疾風が失言に気づいて口をつぐむが、もう遅い。
「『最後にお父上とはわかりあった』とか、『君に向けての特別な遺言』とかいうベタベタな手段に引っかかったんだろ。お前そういう下らないので泣いてそうだもんな」
「下らないだとっ。そもそも俺は、親父が話すのをはっきり聞いたんだぞ。断片じゃない」
だから間違えるはずがない、と疾風が意気込む。しかし葵は淡々と返した。
「声は同じだったろう。話し方はどうだった」
「話し方……」
「いつもと寸分変わりなかったか? 不自然に時々切れたり、妙にゆっくりしてなかったか?」
疾風がふっと下を見る。図星だ。
「当たりだろう。どうしてかって? だってそれは、鬼一法眼が言ったことではないんだからな」
葵は服のポケットを探る。中に入っていたものを引っ張り出すと、それを疾風に向かって放った。
「へぶっ」
「すまん、手が滑った」
「明らかに顔狙って投げただろてめえっ」
「よく見えた方がいいという思いが、知らず知らずのうちに乗り移ったのかもしれない。さすが俺の手」
「こんな気色悪い虫を投げて、よくそこまでほざけるな……ん?」
悪口を言いかけた疾風が、ふと何かに気づいて口をつぐむ。
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「お前、さっきから一切口が開いてないぞ。それに、声が下から聞こえる」
疾風が、今度は明確な目的を持って下を見た。そこでは、ようやく動き出した虫がもぞもぞと這っている。
「まさか」
「ようやく正解がわかったようだな。その虫は体の中に声をためこむ。天逆毎は鬼一の声を加工して、自分に都合のいい遺言を作り上げた」
葵はきっぱり言う。疾風は足元をはい回る虫を、怖々見やった。
「安心しろ。こいつらはあくまで音声を溜め込むだけの存在だ。天逆毎の使いと接触させなきゃ、害はない。うちの庭をうろついてたのを捕獲したんだ」
「さっきの声は、お前が入れたのか。それにしては、やけに滑らかだったな」
「反応が読みやすいから」
「うっ」
痛いところをつかれた疾風に向かって、葵はたたみかける。
「改めて聞いてみるとよく分かっただろう? この虫の再現度はかなり高い。自然に話すかそうでないかの区別はつくはずだ」
葵が言うと、疾風は苦虫を噛み潰す。やがて恐怖が去ると、好奇心が頭をもたげてきたようだ。疾風の方から話しかけてきた。
「親父の遺言は、どうやって作ったんだ」
「簡単なことだ。複数の虫たちに鬼一の声を記録させる。それを通して聞いて、なんとか使えそうなところを繋いで一つの文を作る」
そこまで準備ができたら、まだ音を記憶していない虫の前で順番に話をさせる。これで偽遺言の完成だ。
「もちろん、何度も試して一番良くできたものを使ったんだろう。あまりに片言だと、すぐばれるからな」
「……いや、待てよ。偽造したという証拠はあるのか」
「ない」
葵が言うと、今までおとなしくしていた疾風がまた怒り出した。適当な嘘をつかれたと思ったらしい。
彼を押さえている糸がゆるむ。葵はそろそろ本題に入ることにした。
「偽造したという証拠はない。──そんなものが見たければ、天逆毎に伏して頼むしかないな」
最も、あの大狸が素直に出すはずがない。疾風も薄々わかっているようで、口をつぐむ。
「だが、俺はあれを偽物だと断言する。彼と直に話をしたからだ。彼は天逆毎を、自分の手で止めると言っていた」
疾風が完全に固まる。たっぷり数十秒は、まばたきもせずに同じ姿勢を保っていた。
「は?」
「何か不都合があるか」
「……不都合もなにも、お前がどうして」
「鬼一の方から接触してきたんだから仕方ないだろ」
「親父から?」
「婆さん……三千院紫の件でな。そっちじゃヴィオレットと名乗っていたらしいが」
「!」
人間だったのか、と疾風が低くつぶやく。侵入者に気づかなかった自分を恥じている様子だった。
(この分だと、己の出生については何も知らないな)
疾風は、人間の母を持つ半妖怪だ。葵は祖母から真実を聞いていたが、その件については黙っていることにした。




