布女と皿女
最上階から射撃音が聞こえてきた。みかげと塔子は、飛行したまま上階へ向かう。後ろから倉町がなにかしゃべるのが聞こえたが、内容まではわからなかった。
(ええわ、大事なことなら無線で言うてくるやろ)
屋外に出ると、夏の空気が一気に肺へ流れこんでくる。暑くはあったが、室内で淀んだ空気を浴びているより気持ちがよかった。
「みかげ先輩、登ってきたっすよ!」
塔子が下を指さす。確かに高入道たちが、ジリジリと高層ビルの外壁をよじ登っていた。平らなコンクリートであっても、彼らは着々と距離をつめてくる。
「ひっ」
目先の恐怖に負けて、塔子がデバイスを使おうとする。みかげはそれを押し止めた。
「待って。うちが行く」
反論の声が聞こえてきたが、返事もせずにみかげはデバイスを起動させた。
「アヌビス!」
大きな布が空中をたゆたう。それを見た塔子が悲鳴をあげた。
「先輩、それダメっす!」
彼女が何を心配しているか、みかげには手に取るようにわかる。だから、後輩に背を向けたまま叫ぶ。
「大丈夫、来る方向は決まっとる!」
それと同時に、みかげの白布が敵をとらえた。しなやかな布で頭部を覆われた高入道たちが、苦しげなうめき声をあげる。
彼らは両手で布を引き剥がそうとした。……垂直の壁に張り付いていたことも忘れて。
「落ちるで! 地上部隊は追撃の用意!」
みかげが無線で告げた途端、高入道が落下した。すかさず砲がうなる。丈夫な連中だから死にはすまいが、動きを止めることくらいはできるはずだ。
「ふぎゃっ」
みかげがほっと息をついた時、いきなり背後から生暖かいものに抱きつかれる。
「先輩、カッコいい!」
でかい声のおかげで、すぐに塔子とわかった。
「いきなり抱きつかんといて! 首しまるかと思ったわ」
「えー、つれないっす」
口を尖らせる塔子に対して、みかげは本気で怒った。
「油断せんとって、まだ終わってない──」
みかげの言葉の尻尾が、落雷でかき消された。暗い夜の空に、稲光がきらめく。
「そうだ、あいつらもいた!」
塔子の目に、再び光が戻ってきた。どうにもこの子は気分のムラが大きくて困る、とみかげは思う。
「スマラ!」
塔子が自分のデバイスを呼ぶ。左手につけた、白い貝のブレスレットが光った。すると空中に、白い円形の浮遊物が出現する。見た目は、食器棚によく入っている皿そのものだ。
雷獣たちが、次々と姿を現す。そして邪魔な皿めがけて、雷を放った。だがそれは、全て塔子のデバイスにはじかれる。
「その程度で通るかっての!」
塔子が雷獣に向かって舌を出す。言葉の意味はわからずとも、バカにしている雰囲気だけは十分に伝わる。獣たちが唸りながら走ってきた。しかし塔子は腰に手を当てたまま、棒立ちになっている。
「ただつっこんでくるだけじゃ、あたしには届かないなあ?」
彼女の言葉を裏付けるように、ビルまでやってきた雷獣たちが足を滑らせ、次々と転んでいく。いつの間にか屋上は、腰まで水が押し寄せる海原と化していた。
「この大いなる海の前では、四足歩行でも油断できないのだ」
塔子は完全に流れに乗った。雷獣たちを全てとらえたところで、両手を打ち合わせ音を出す。
「じゃ、そろそろ仕上げといきましょう!」
かけ声をきっかけに、皿たちが次々と合体し始めた。そして最終的に、大きな二枚だけが残る。皿はしなり、くねり、器用に水の中を動いて雷獣たちをすくい取った。
そして二枚の皿は、雷獣をのせたまま徐々に近づいていく。そしてぴったり高さが同じになった時、互いが吸い付いた。くぼんでいる方が内側になっているので、ちょうど雷獣たちを皿で包みこんだ形になっている。
「はい、ごりごりー」
塔子が胸の前で両手をすりあわせると、それに合わせて皿も回転する。回る速度は次第に上がり、しまいには皿の細部が見えなくなった。
再び皿が開いた時、あれだけいたはずの雷獣は完全に姿を消していた。塔子が指をはじくと、満ちていた水も引いていく。とりあえず、一息つけそうな展開だ。
「今のうちに弾を補給。怪我人がいたら倉町さんに診てもらって」
みかげは指示を出す。その横で塔子は、むっつりした顔でうなずくだけだった。彼女にバテた様子はない。さすが、若くてもAクラスだ。
(……だったらちょっとは、こっちを手伝ってくれてもええのに)
ベリーショートに刈られた塔子の頭を見ながら、みかげはため息をついた。確かに威勢はいいが、必要なところまで気が回らない。早期任官兵には良いところと悪いところがあるが、塔子にはどちらもはっきり現れていた。
「先輩先輩」
ようやくみかげの手が空いたのを見計らって、塔子が近づいてくる。
「何?」
「さっきのハゲ、先輩の布をかわせなかったじゃないすか。何で横によけなかったんすかね」
どうやらずっとそれを気にしていたらしい。聞かせてやらねばつきまとわれると悟ったみかげは、渋々口を開いた。
「あれはね、うちがすごいんとちゃうの。ビルの方に、あらかじめ仕掛けがしてあったんよ」




