ここにいたのか御両人
その間にも、磯女とシキたちはずんずん先へ進んでいく。自走砲の第一陣を完全に抜き去り、その奥にある戦車を狙い始めていた。
しかし彼らの行軍は、途中で不意に打ちきられる。水中から次々と爆発音がし、黒煙があがった。
自分たちが絶対的に支配している、と確信していたであろうところからの不意打ち。流石の妖怪たちにも戸惑いが生じた。
この機を逃さず、絹子は射撃班に号令をかけた。今度はさっきと違い、妖怪たちの腹や目が狙いやすくなっている。
「景連!」
「善寿坊!」
射撃手二人も、集中射撃を開始する。その念が通じたのか、ようやく妖怪たちの進行速度が落ち始めた。
「ようやっと希望が見えてきたで」
津田が破顔する。
「機雷か……昔の戦では花形やったな」
津田の横顔を見ながら、絹子は頭の中から知識を引っ張り出す。
機雷。水中に置かれ、敵船の航行を阻害することを目的とする。他の爆弾類と同じく、物理的接触か遠距離からの操作により起爆し、相手を葬り去る。まだレーダーもなく、この兵器の仕組みさえ分かっていなかった頃。無人の海は何より恐れられていたという。
水面に浮いていると、シキに片っ端から片付けられてしまう。そのため、今回は機雷を水底にくくりつける経維式という方法をとった。
ただ、この方法は水面にばらまくより手間がかかる。使い切ってしまった後の補充は、できないと考えた方が良い。
「この好機に、できるだけ数を減らします。戦車隊、ヘリ隊、砲撃開始っ」
一斉に攻撃が再開された。華々しい光景だが、それを見つめる司令二人の目に喜びの色はなかった。
「……いつ限界が来ると思います?」
「機雷がなくなったらじゃ。近いうちにやな」
「それじゃ予測になってませんわよ」
「覚えとけ全身まな板。迷った時はあやふやな回答に限る。大人の知恵や」
「薄汚れた大人でいらっしゃること」
二人の間に再び火花が散った時、通信機が急を告げてきた。
「尼崎付近、陸上種多数接近。繰り返す。陸上種多数接近」
絹子が口を開く前に、淀屋が通信機をむしり取る。
「よし、予定通りに陣を守れ。勝手に飛び出した奴はしばき倒すぞ」
淀屋の声に、すごみが混じる。とうとうこれから、長い持久戦が始まるのだ。それを思って、絹子はため息をついた。
☆☆☆
「ああ、重たいなこの爺さん!!」
河狸の巣穴に入ってきた朧が、悪態をつく。彼は大柄な男の体を、地面に向かって放り投げた。
べしゃっと嫌な音がしたが、投げられた本人は身動きしない。河狸が興味本位から、男の体をつついた。
「大丈夫?」
「死にゃしねえよ。鋼みたいな体だ」
朧は蛇の姿から、人間に化けた。河狸の巣は狭いため、そうしないと頭がつっかえてしまう。
「全く……夫婦そろってぐうすか寝てやがって」
ここで言葉を切り、朧は巣の入り口に寝かされている女を見た。彼女は河狸たちが結託して運んできたので、今も灰色の毛玉に覆われている。
三千院巌、『元祖、妖怪殺し』。
三千院紫、『元人間、今妖怪』。
相容れない経歴を持つこの二人は、れっきとした夫婦であった。その関係に戻るまでにあれやこれやと面倒なことがあったのだが、今は幸せにやっていると思ったのだが……。
「朧殿、助かりました」
朧がぼんやり立っている間に、河狸たちの長が足元にいた。
「別に大したことはしてねえ。それより、空気穴は塞いだのか」
「できる限りは。しかし、全部というわけにはいきません」
「ちっ」
結果は分かっていたが、朧は舌打ちせずにはいられなかった。
「あの蜂に見つけられたら終わりだな」
「一応、草木で目くらましはしましたが……」
「時間の問題だろう」
のんびり水中を泳いでいた朧が、異変に気付いたのはしばらく前のことだった。
(……ん?)
急に水が生臭くなった。気になった朧が上を見てみると、得体の知れない真っ黒な液体が次々に流れこんでくる。
(やばいぞ)
殺しの気配をかぎ取った朧は、そこから素早く離れる。そして液体が届かない場所に着いてから、頭を上げた。
異様な光景が目の前にあった。街中からどろどろした黒い液体が川に向かって流れ、その量は徐々に増えていく。新たな流れを歓迎するかのように、大きな蜂が弧を描いて飛び回っていた。
「夢中になって見てたのが悪かったな。あやうく死にかけた」
どうせ妖怪だろう、とたかをくくって見ていた朧だった。しかし、吹き付けてくる殺気を感じ、反射的に水へ潜る。ぶうん、という羽音がすぐ耳元を駆け抜けた時は、心底肝が冷えた。
「それで我らに知らせてくださったのですね」
「奴ら、見境無しだ。放っておいたらみんなやられる」
幸い、蜂は水の中まで追いかけてこなかった。なら、水辺の妖怪はとりあえず潜っていればいい。だが、中にはこの河狸のように地上と水中を行き来している種族もいる。朧は彼らに忠告するために、大急ぎで山の方へ向かったのだ。
そのついでに余計な二人も発見して、肝を潰したという次第である。
「正体は?」
「わからん。見たこともない」
人間共がしくじったのか、天逆毎がしかけてきたのか。なにもわからない中で一つだけ確かなのは、じっとしていたら死ぬということだけだ。




