魂を受け継ぐ者
普通に考えれば、両親や使用人たちのためということになるのだろう。だが、その時のまつりは無性に彼らに対して腹を立てていた。
(とんでもないことを身内に押し付けて、楽をしとる)
だから、彼らのためではダメだった。あの当時、まつりはいつも探していた。自分が死ぬに足る理由を。
(……意外とすぐに見つかったがな)
度を越えた、お人好し二人。他人のことはすぐ気がつくくせに、自分となるとひどく鈍感で脇が甘い。高校生ともなればだいぶこすくなるものだが、あの二人にはそういうところがみじんもなかった。
人の善性、とまで言うとやり過ぎかもしれない。しかし、こんな人間が残っている世界なら、みすみす天逆毎の好きにさせるのもつまらない気がした。
(楔か……あの二人は)
まつりが決してやけにならぬよう、現世に繋ぎ止めておくよりしろ。当の本人たちは知るよしもないが、依存していたのはまつりの方だったのだ。
「お嬢、いつでもいけます」
藤波から声がかかった。
(あの二人は……この近くにおるやろうか)
行くのはあちらが先だったのか、それとも自分か。
(あっちが先なら、出迎えくらいはしてくれるかいな)
その光景を想像すると、面白くなかった。きっとあの二人は生きている。そんな気がしてならない。
「頃合いやな」
まつりが言うと、藤波がうなずいた。彼の隣の席が前に倒され、黒いレバーが顔を出している。
四方もハンドルから手を離した。まつりは心から満足して笑う。
「少し減らして逝ったるわ。……後は頼むで、お二人さん」
レバーが倒れた。一拍遅れて、轟音が鳴る。
☆☆☆
「奴ら、来てるか!?」
二号車を運転していた本庄は、声を枯らして叫んだ。
「いや、ほとんどついてきてない」
寝ているデバイス使いたちを押し退け、同僚の向原が答える。車内がざわついた。
「そんなに甘い連中とも思えないけどな」
先頭車両の無惨な最後は、今も全員の目に焼き付いている。抜けたとはいえ、油断はできない。運転手以外、武器を片手に窓に張り付いた。
しばらくして、一人が声をあげる。
「……おい、三号車がついてきてないぞ」
「何だと!?」
さっきとは比較にならないほどの動揺が、車内に満ちた。あわてて路肩に駐車し、様子をうかがう。
「本当だ」
あんなに真っ直ぐ走れと指示を出していた三号車が、どこにもいない。
「まさか……」
最悪の予想が、一同の頭をよぎる。
「そんなはずないさ、な」
「きっと、途中で違う道に入ったんだ」
可能性は低いと分かっていても、自分を慰めるためにそう言わずにはいられない。本庄たちは気休めを口にし、肩を叩きあった。
それを嘲笑うように、南方から黒煙があがる。爆発音が聞こえ、全員が肩をすくめた。
いち早くショックから回復したのは、本庄だった。車にとってかえすと、装備の中から双眼鏡を引っ張り出す。車をよじ登り、近くの民家の屋根まであがった。
「……そんなことしませんよね、まつり様」
運動したから起こるのではない、妙な動悸が本庄を襲う。一刻も早くそれにケリをつけたくて、本庄は双眼鏡に顔を押し当てた。
河原が大きく見える。そして、黒煙と炎の中心に何があるかもわかった。
「ああ……」
単調な声が、口からもれた。それと同時に、目の奥が熱くなってくる。
(俺たちだけ、残った。あの人を踏み台にして)
手足から力が抜ける。その場にへたりこみそうになったとき、最後に残った理性がそれを押しとどめた。
(そうだ。俺たちは……生き残ったんだ)
それは一体、何のためだったのか。答えが頭にひらめいた時、本庄は曲がっていた背筋を伸ばした。
屋根から地上に降り、まだ呆けている面々を車におしこむ。車が動き出してから、本庄は自分が見たことを全て語った。
「まさか……」
「じゃあ、俺たちこれからどうするんだよ」
「決まってる」
弱音をはきかけた同僚たちを前にして、本庄はきっぱり言った。
「デバイス使いを、安全なところまで運ぶ。一人でも多く」
しかし本庄の意気込みとは反対に、車内の空気は悲痛な色に染まっていた。
「そりゃ、まつり様がいればできただろうけど」
「あの人たちが逃げ切れずに殺されたんだろ? 俺らごときに、何ができるっていうんだ」
及び腰になっている同僚に向かって、本庄は鋭い視線を放った。
「逃げられなかったわけじゃない」
四方の技量は、素人の本庄から見ても大したものだった。うっかりで逃げ場のない渡月橋へ行くわけがない。
「……囮に、なってくれたんだ」
あのまま二台連なって進んだら、先頭車両が攻撃をうけてどこへも行けなくなっていただろう。一人でも多く助かるためにできること。それは三号車がわざと囮になって、後方へ退くことだった。
「奴らは弱い方、自分が勝てると思った方を狙う。全力疾走している車と、橋の上で止まっている車なら確実に後者にいくだろう」
その場に、痛いくらいの沈黙がたちこめる。
「……じゃあ、振り返るなと言っていたのも」
「そうだ。車が逆走しているのをミラーや目視で確認されたら、計画そのものがダメになってしまう」
ずいぶん前から、あの三人は覚悟を決めていたのだ。それにちっとも気づかなかった鈍感さに、全員が歯噛みする。すすり泣く声も聞こえてきた。
「なあ、もう泣くのはやめよう。あの三人だったら、何をしたかな」
本庄が語る。他の面子も、それに続いてぽつりぽつりと口を開いた。
「……デバイス使いを回収して」
「避難場所で混乱が起きていないか確認する」
「外部から来た部隊に、通り道を誘導することもできるな」
権力も能力もない本庄たちにできるのは、そんなささいなことだけだった。
しかし、もう嘆く者はいない。
「基地に着いたら、車を借りよう」
「本家とメールが通じるなら、情報を回してもらえるかもしれん」
次々と、新しい案が提示されていく。さっきとは別人のような顔で、皆が我先にとやるべきことを見つけ出していた。
(まつり様、やれるだけのことはやってみます。どうか、見ていてください)
まだこの辺りに彼女の魂がいるような気がする。本庄は、こっそり心の中でつぶやいた。




