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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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タガタメノウタ

「エンジン、やられましたっ」


 悲鳴に近い声があがる。


 車は前面に集中攻撃を受ければ、エンジンが壊れる。蜂たちがそれを知っているかのような速やかさだった。


「撃ちますか」

「頼む」


 藤波ふじなみが準備をする。しかしその前に、先頭車両が民家の塀につっこんだ。


「まずい」


 弾は発射後に熱を持つ。流れたガソリンに引火したら、火だるまだ。車内に迷いが走る中、今度は横手から何かが裂けるような音が聞こえてきた。


「まつり様、こちらからも!」


 細い分岐にも、蜂たちがその姿を現した。頑丈な牙で木々の根元を噛みきり、地面に倒している。いかに装甲車でも、この上は走れない。


「閉じ込める気か」


 まつりは拳を握った。後方は川にかかる一本橋──渡月橋とげつきょうだ。今までのように横道に入ってかわせない、天然の袋小路である。


「火が!」


 四方が声をあげた。倒れた先頭車両に、赤い炎がまとわりついている。


「まだ中に人がいるぞ!」

「一か八か、二台目に移せるよう頑張ってみます!」


 二号車から無線が入った。じっとしてなどいられない気分なのだろう。


「俺も行きます!」


 よせと言う前に、まつりの隣の部下も走り出て行く。その目に、一点の迷いもなかった。


 ──しかし、思いの前には常に現実の分厚い壁が立ちはだかる。まず先頭車両の中から出てきた男たちに、蜂たちが群がった。


「二号車の中へ!」


 まつりが叫ぶ。それと同時に、一号車から火柱があがった。たちまち黒煙が流れだし、辺りに肉が焦げる臭いが漂ってくる。


「なんてこと……」


 四方がつぶやいた。ここから出ていった若いのと、先頭車両の何人かは二号車に滑り込んだが、あそこもいつまで持つかわからない。


 まつりはここで、一つ決断を下した。


四方よも、藤波」


 慣れ親しんだ部下たちが、まつりの方へ顔を向ける。


「……死にたくなけりゃ、今から二号車の方へ走れ。全力でな」

「おや、この老体にきついことをおっしゃる」

「全くその通り」


 二人とも落ち着き払った様子で、顔には笑みすら浮かんでいる。


「すまんな」


 それだけ言って、まつりは二号車に無線をつながせた。


「脇道を塞がれた。道は前しかないわ」

「そんな」

「情けない声を出すな」


 まつりは一喝した。


「今そこに乗っとるのは、Aクラスのデバイス使いや」


 巌と紫ほどの使い手ではない。だが、彼らが生き延びれば必ず誰かの助けになる。


「何としても基地まで運べ。蜂どもはすでに、車のどこが弱いか知っとる、止まったらやられるで。……前だけ向いて、一直線に走り抜けるんや」


 道の片車線は、すでに大破した車で埋まっている。蛇行してかわすこともできない。危険なのは百も承知だ。


(しかし、奴らの裏をかくなら今しかない)


 蜂たちは立派に学習能力を持っている。車の止め方を完璧に覚えてしまえば、次は内部構造まで理解するだろう。


 ガラス一枚破れば、そこには無防備な人間がいる。それが分かれば、今度はエンジンでなく直接運転席を狙ってくるだろう。そうなれば、市街地を走行することすら困難になる。


「……わかりました」


 向こうにも、まつりが腹を決めていることが伝わったのだろう。硬く張りつめた声で、返事があった。


「しくらんとってや。なんぼ四方が腕が良うても、両車線塞がった道は抜けられへんで」

「だ、大丈夫ですっ」

「……なら、とっととやろか」


 エンジンがかかる。車が動き出した。ほとんど揺れないシートに体を埋めながら、まつりは独り言を言う。


「渡月橋、か。近くに住んどっても、なかなか来おへんもんやな」


 車はまだ走っている。時折、蜂たちが体当たりしてくる音がかしましい。


 やがて、上下に大きな揺れが起こる。車は渡月橋のど真ん中で、立ち往生してしまった。


「タイヤか? 四方」

「それもありますが……こりゃエンジンも死んでますわ。昆虫のくせに大した奴等や」

「なら、始めてええですか」


 四方が両手をあげる。それを見た藤波が、まつりに聞いた。


「ああ」


 まつりはうなずく。決行まで、少しだけ猶予があった。扇子で自分をあおぎながら、物思いにふける。


(……そういえば、あの質問にも答えてへんままやったな)


 紫は問うていた。何故いつもいつも、自分達を助けてくれるのかと。


(ただ、己のためや)


 そう答えたら、きっと紫はあの丸い目をますます丸くするのだろう。


(思えば、妙な人生やった)


 物心つくとすぐに、お前には使命があると言い含められて育ってきた。京の地下には巨大な霊脈制御装置があり、いざとなれば巫女のまつりはその装置と運命を共にする。


(本気にせんかった時期もあったな)


 下手な小説でも、今時もっとうまく話を作るだろう。親が一人娘をおとなしくさせるためについた嘘だ。そう思っていた──あの装置を見るまでは。


(以来、自分はいつか死ぬんやと自覚して生きてきた)


 もちろん、何事もなく娘か孫にバトンを渡せる可能性もあった。しかしまつりはそう考えられるような楽観主義者ではなかったのである。


(何のためなら、死ねるやろか)


 まつりは、それをずっと自分に問うてきた。自分はそこまで意志が強くない。国のため町のためでは、どうしても土壇場で逃げ出してしまいそうだ。

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