混凝土に潜む疑惑
「高射砲!」
怜香が叫ぶと、地上から次々に標的めがけて弾が撃ち込まれた。ビル陰にいるデバイス使いたちも、それに交じって射撃を行う。
攻撃を警戒したのか、敵の攻撃がまばらになった。怜香は前方を見つめる。空中に出現した、一点の光すら通さぬ闇。その中央に、細身の男が浮かんでいた。
何も知らないまま見れば、銀髪の男はとても美しい。しかし、その正体を知っている怜香は、背筋が冷えてきた。
(茨城童子!)
血塊弾と強力な腕で全てを粉砕する、鬼の子。泣きたくなるほど、強い個体だ。
(でも……出航の邪魔はさせない!)
怜香はためらいがちに、前へ進んだ。すると、茨城が両手を広げる。
空気が一気に鉄臭くなった。怜香はとっさに窓硝子を割り、ビルの中に転がりこむ。次の瞬間、全てのガラスが砕け散った。怜香は遮蔽物に体を隠しながら、耳をつんざく破壊音に耐える。
(ヴァルキリー)
本体はしばらくここから動けない。怜香は空中の乙女に意識を集中させた。
茨城は空中の血液を操り、地上に集中攻撃を加えている。まずは高射砲を潰すつもりのようだ。
(させない!)
幸い、茨城の視線は前に固定されたままだ。ヴァルキリーは角度を変え、彼の背後へ回った。
(よし、取った!)
無防備な背中が見える。しかし突然、茨城がくるりと振り向いた。
「……人間、ではないですね」
そう言うと同時に、茨城の体から鋭い刃が姿を現す。戦乙女はそれを、ぎりぎりでかわした。
「使い手よ、聞いているのでしょう。とっととそこから出てきなさい」
茨城はじっとヴァルキリーをにらむ。それから、いくつかのビルに目を走らせた。
(気付かれてる)
何気ない仕草だったが、その分怜香は恐ろしく感じた。茨城が見ているのは、全てデバイス使いが隠れているビルなのだ。
(もう、彼女たちに不意をついてもらうのは無理か)
下手な小細工は、かえって状況を悪化させる。そう判断した怜香は、ゆっくり机の陰から這い出した。
床に散乱するガラス片に気を配りながら、外へ出る。戦乙女を呼び寄せてから、改めて怜香は顔を上げた。
「……ほう」
よくやった、とも期待外れ、ともとれる吐息を茨城がもらす。怜香は問うてみた。
「何か言いたいことがあるの?」
茨城はつまらなさそうに答える。
「別に。ただ、数刻後にはどちらかがこの世にいないわけですから。顔くらい見ておいても損はなかろうと思っただけです」
彼は妙にさばさばした口調で言う。あまりに気負いがないのが、不自然だった。
「……せっかく私が出てきたというのに、つまらない雑魚にうろうろされるのも目障りですし」
「一対一でやりたいとでも言うの、茨城童子」
怜香が言うと、茨城は薄く笑った。
「悪いですか?」
本当だろうか、と怜香は気色ばむ。今までのデータからみると、彼は細かく計画をたてて獲物を絡め取るタイプだ。一体に見せかけて、伏兵が出てくることは十分あり得る。
「悪くはない。疑ってはいるけど」
「その使い魔で分からないのですか。ずいぶんと見かけ倒しですね」
雑魚がいないことはわかっている。しかし、最も警戒すべき相手の所在がまだつかめていない。
(酒呑は?)
酒呑童子──茨城と同じく日本で知られた大鬼。茨城との因縁は深く、師とも、兄弟とも、恋人とも言われている。目の前の男が伏兵に選ぶとすれば、これ以上の適任はいなかった。
「酒呑はどこよ」
「死にました」
いきなり名前をぶつけてみて、相手を驚かせるつもりだった。
なのに、相手から返ってきたのはそれ以上の剛速球。逆に怜香の方が心を乱されてしまった。素人が葵のまねごとなどするものではない、と怜香はほぞを噛む。
(……でも、本当に?)
疑いが頭をもたげる。酒呑ほどの大物、どこかの支部が討ち取ったなら、必ず連絡が回ってくるはずだ。
そんな報告はなかった。だとしたら意図的に隠されたのか、妖怪同士殺し合ったのか。
(どうする?)
茨城の誘いに乗るか。しばらく考えた末、怜香は結論を出した。
「わかった。とことんやりましょ。どっちかが死ぬまでね」
無線は本部とつながっている。伏兵が出たとしても、情報は残せるはずだ。今は勝負に応じておいた方がいい。
「度胸がありますね。ああ、それと。私は茨城童子ではなく、氷雨という名が有ります」
妙なことを気にするな、と怜香は思った。しかし目の前の男には、氷雨という名がよく似合う。
怜香がうなずくと、氷雨が構えた。同じく、ヴァルキリーも応じる。
互いの準備が整った時、ちょうど強い風が吹いた。それを合図に、氷雨が動き出す。
血の塊──それが大量の弾丸になって、怜香とヴァルキリーに降り注ぐ。飛行装置の機能をフルに使って、怜香は第一波をかわした。
ジグザグに飛んでも、風に乗って追いかけてくる流れ弾があるので気が抜けない。ヴァルキリーを盾にして、怜香は動き続けた。
とにかく、相手の真正面に陣取ることは避けたい。怜香は常に氷雨の側面につけ、死角に入りこめるよう狙った。




