いい大人の罵り合い
今度は、赤い光線が矢継ぎ早に飛んでくる。それはバリーの上を越え、はるか後方の海へと落下していった。
しかし、外れたことを喜んでいる者は誰もいなかった。これは明らかに脅しだったからである。
「ならやってみろ。こちらは止めない」
怪物が静かに告げる。勝ち誇った様子はまるでない。それがかえって不気味だった。
「……無事な僚艦は直ちに後転。クルーにも脱出の勧告を」
「どちらにしても、生き残る可能性は低いと思われますが」
意見をのべた士官に向かって、司令官はにやりと笑った。
「確かに。だが、あんな奴の言いなりになるのとどっちがいい?」
「選ぶまでもないですね。では、直ちに」
部下たちが忙しく立ち働く中、司令官はじっと傍らの手帳を見つめていた。そしてコンピュータの画面に浮かんだ数字をずらずらと書き連ねる。
曲がった紙が手に当たった。いつもは忌々しく思いつつ手で直すのだが、今はどうでもよく感じる。
「司令官、ご自身はどうなさいますか」
背後から問われた。ペンを走らせたまま、司令官は答える。
「俺は行かんぞ」
「生き残れば、次があります」
「別に自棄になってるわけじゃない。ここでやることがあるだけだ」
そう言うと、司令官は椅子に深くかけ直す。そしてもう一度、目の前の怪物をじっくりと眺めた。
「さあ来い、化け物。アーレイ・バーク級が相手をしてやる」
☆☆☆
「太平洋と言っていたから、海軍管轄かな。そこに絞って情報を集めよう」
よしやるぞ、と情報部の面々が腕まくりをする。その横で葵は、敵の画像を探すことにした。
(響姉がいれば、簡単にすむのにな)
いざという時に備え、初歩的なハッキングのこつは彼女から聞いている。しかし、軍事用衛星に侵入できるほどの腕はない。
(精度は落ちるが……確か気象衛星が、太平洋上を運行していたな。それに入るか)
地球と同じ速度でしか回転しない静止衛星のため、伝達遅延を考慮しなければならない。しかも太平洋全てをカバーしているわけではなく、日本から離れすぎていればアウトだ。だが葵は、『モンスター』が映っている可能性に賭けた。
(日本駐留の海兵隊が、敵のことを知っていた)
つまり、彼らにも待機命令が出ている。あまりにも日本・米国の領土から遠いなら、そうはなるまい。
「あった」
葵の賭けは吉と出た。太平洋のほぼ中央、ミッドウェーの近く。雲と一緒に、巨大な物体が映っている。
「……なんだ、これは」
とてつもなく巨大な塊だということはわかる。しかし雲に隠れて、詳細まではわからなかった。
「困ったな」
葵がつぶやくと、部下たちが続々と集まってきた。
「わ、これ衛星画像だ」
「許可は?」
「そういうのは後からついてくる」
「要はハッキングですか。坊っちゃま、いよいよ悪の総帥じみてきましたね」
勝手なことを言う彼らをにらみながらも、葵は悩んでいた。どう考えても、この状態で大統領に話をするのは無理だ。種の特定すらできないのである。
(やはり無理は承知で、東京から情報を集めるしかないか?)
葵がそう思ったとき、また電話が鳴った。今度は、家族専用の通信回線である。知っているのは三千院直系の家族と老使用人、御神楽に鷹司くらいのものだ。
「はい。三千院葵」
「ヘンリー・クラークだ」
葵の耳に、はっきりした英語の発音が飛び込んでくる。しかしそれより驚いたのは、名乗った氏名が現役大統領と同じということだ。
「手のこんだ偽物ですか」
「この状況でコメディを演じるほど暇じゃないわい」
「冗談でしたが、つまらなかったですか」
電話の相手が、舌打ちをした。
「流石、サンダーボルトの身内だな。可愛げがない」
「そういうものは母親の胎内に置いてきました。この回線はやはり姉から?」
「私のアドレス帳を強奪して、汚い字で書き付けていった」
「お気の毒に。しかし、その姉も今はおとなしいものでしょう?」
葵が言うと、ヘンリーが唸った。
「知っているのか。原因を」
葵はかいつまんで事情を説明した。
「つまり、今のところ復活することはないということかね」
「こちらでも見当がつきません」
「君の姉はいつもいつも自分のしたいようにする、勝手極まりない女だった」
「身にしみてます」
「それでもうちに置いていたのは、いざという時の対応力を買っていたからだ。ここまではわかるな」
「イエッサー」
「……それが、この肝心なときに寝ているとは!! あの大食らいの役立たず!!」
ヘンリーは、今にも血管がぶち切れそうな勢いで怒鳴り散らす。こっちだってなりたくてなったわけではないのだが、それを言うと話が進まなくなるので葵は黙っていた。
「──とにかく。今をもって彼女の受け入れは中止だ。もううちには金輪際関わらないでくれ。ああ、それと」
これからが本番だ、と察した葵は軽く身構える。
「日本にいる米軍は全て待機とする。物資の提供はしてもいいが、人員を動かすわけにはいかん」
「ずいぶん出し惜しみしますね。カードローン上等、貯金なぞ知ったことかの超大国が。海軍の一件、やはりよほどのことらしい」
葵はここで初めてかまをかける。ヘンリーが間をおいた。




