動け動け枷の中
時間が経つごとに、混乱は拡大していく。葵はそれに流されまいと、指示をとばし続けた。
「原因は調査中だ。とにかく意識のないデバイス使いをまとめて、安全なところへ」
「この機会に乗じて、妖怪たちが市内へ入ると厄介だ。一般兵で守りを固めろ」
「まだ『生きている』デバイス使いがいるはずだ。その氏名をリストアップして、こっちに回せ」
途中から昴も加わり、てんやわんやの騒ぎになった。しかしそのおかげで、少しずつ情報が整理されてくる。
「B、Cクラスの者は全て通常と変わりない。動きが制限されたのはAとSのみか」
「一般兵で不自然な意識焼失を起こした者はいない」
この事実から、導きだされる答えは一つだった。
「瑠璃の坏が、奪われた」
葵が決定的な一言を口にすると、昴が体を固くする。しかし、彼はすぐにいつもの表情に戻った。
「……事実から目を背けていても仕方ないな。今動けるのはどのくらいだ?」
「B、Cクラス合わせておよそ二千。Aクラスが二千人いるのとは比べ物にならないが」
葵が言うと、昴は黙って腕を組んだ。
「あのう……瑠璃の坏ってなんですか?」
室内につめかけた情報部の面々から、ためらいがちに声が上がった。どうする、と言いたげに昴が葵を見る。
「もうこうなっては、隠しておく必要がないだろ」
葵は腹をくくって、ここにいる全員に話をした。長い話が終わると、誰もがふっと息をつく。
「どうだ、わかってくれたか」
「嫌ってほど。デバイスが普及するまで、色々あったんですね」
「それにしても、どこから情報が漏れたのかな。この内容、政府の中でもかなり上の方しか知らないはずでしょう」
「そこまではまだ分からん。しかし、天逆毎のそばには性格の悪い狐がいるからな」
彼女なら自由に姿を変えられる上、術を使って警備もごまかせる。どこから入り込んだかを特定するのは困難だった。
「とにかく、今はこれからのことだ」
葵が言うと、部下たちはそろってうなずいた。皆一人前、気持ちの切り替え方くらいは心得ている。
「といっても、京都支部が気になるな」
「相変わらず、中の様子がさっぱり分かりませんしねー」
響にかわってパソコンとにらめっこしている指宿が、ため息をつく。
「どこからも応答はないか」
「ええ。正規の回線は全部ダメです。基地局がやられちゃってるのかもしれません。そこを介さない秘匿回線は開設したんですが」
今はひたすら、向こうから連絡が入るのを待っているのだと言う。指宿の隣に陣取った猫田が、それを聞いてため息をもらした。
「困りましたね。御館様夫妻も京都にいらっしゃるのに」
「遥兄も仕事でそっちに行ってる。うちで危ないのはその三人だな」
他にも不在者はいる。しかし若菜は市内の巡回、猛は東京、要はアメリカだ。そこまで心配しなくていいだろう。
「あの老人たちはどこを回る予定だったか……」
「にーに」
葵がちょうど祖父母について話しかけたところで、目をぱんぱんに腫らした都がやってきた。
「じいじとばあばは」
「……まだ、連絡がないな」
「大丈夫なのか」
「分からん」
嘘をついてもいいが、元が聡い子なので察してしまうだろう。そう思った葵は、あえて淡々と言った。
「うう……」
都は半泣きになって、昴の足にしがみつく。昴もかける言葉がなく、彼女を抱き上げたまま黙っていた。
重苦しい空気が、室内に流れる。都の嗚咽と、情報部の面々がキーボードをうつ音だけがしばらく続いた。
☆☆☆
ものものしい三台の装甲車が、きぬかけの道をひたすら突っ走る。車がうなりをあげるのを聞いて、硝子越しに外を見る住民もいた。
八月十一日、時刻は二十時を回っている。
「何だ……? そこの車。止まってください!」
急ごしらえの検問所でも、不審な車は真っ先に止められる。平の陸士たちに向かって、まつりは啖呵を切った。
「話は上官とする。『鷹司まつりが来た』と伝えてくれたらええわ」
陸士は困った顔をしたが、まつりが一歩も譲らないので、渋々上官を呼びに行った。
「鷹司のばば様、お久しぶりです! 何故ここに」
上官が来ると、一気に場が和やかになった。京都支部の大規模なテコ入れの後、まつりはちょこちょこ人事決定の場に顔を出している。上官たちとはすでに顔見知りだ。
まつりは手短に用件を伝える。
「噂くらいは聞いとるやろ。デバイス使いを回収に来た」
まつりが言うと、士官たちはそろって目を丸くした。
☆☆☆
「市内が……」
京都市北部、龍安寺──石庭の枯山水が有名な寺院を出たところで、まつりは凶報を聞いた。時刻は、十日の夕刻。
「はいッ。デバイス使いたちが初期治安維持に関わっていたのに、まとめて動けなくなってしまった原因が分からず、情報部も混乱していて……」
使用人は首をかしげているが、まつりには全ての原因が分かっている。
「しゃあないか。知らせてへんかったし。しかし、イワの懸念が見事に当たったか……」
「え?」
「何でもない」
ここで細かく原因を説明している暇はない。必要なのは、対応策だ。
「動かんくなったデバイス使いはどうしとる」
「一般兵が保護し、頑健な建物内に避難させています。幸い、今は順調に作業が進んでいます」
「いつまで続くか分からんがな」
デバイス管理システムが奪われた。ということは、十中八九、天逆毎の手下が持っている。
(短時間で復帰する可能性は、ゼロに近いか)
まつりは心の中であれこれ考えた末に、決断した。
「まだ、虫は京都中心街にとどまっとるんやな」
「はい。そこを足がかりにして繁殖した後、一気に市内全域を制圧するつもりだと思われます」
「ならまだ時間がある。車を出し」




