殿様と足軽
「分かるのか、じいじ」
「ちいとばかしのう」
「教えてくれ。ささ、早う」
都はばしばしと祖父の胸板をたたいた。しかし、巌はあからさまに首をひねる。
「いや、これは都が自分で考えた方がよかろう。なあ?」
「ええー」
都は全力で声をあげた。分かっているのに教えてくれないなんて、いつもの祖父にあるまじき意地悪だ。
「じいじ。人の嫌がることをしてはいかんといつも言うではないか」
「お、よう覚えておったな」
巌は白い歯を見せて笑う。
「だがな、これは意地悪ではない。愛のムチじゃ」
……何だか、言い方が変わっただけのような気がする。大人って、結構ずるい。
「都が自分でこれに気づけば、一つ賢くなる。じいじはそうなってほしいからこそ、黙っておるのじゃ」
大きな手で都の拳をなでながら、巌が言う。
「いつまでも足軽や小姓ではつまらんじゃろ。都は殿様になって、悪いやつらをばっさばっさと斬りたいとは思わんか?」
「殿様……」
都の頭の中に、白馬にのって颯爽と大地をかける自分の姿が浮かんだ。
「うむ」
やはり殿は格好いい。お付きの者では、なんだか馬もショボそうだ。
「都、殿になるっ」
「よおし、じゃあ今から自分で考えてみるんじゃぞ。わかったらじいじに教えておくれ」
二人は指切りをする。その時、都の腹がぐうと鳴った。
「何か食べたいのう」
「よおし、台所へ行くか。確か今日は、団子を作ってくれていたはずじゃ」
「だんごっ」
宿題を出された憂鬱さは、おやつの芳しさで完全に吹き飛んだ。都は巌の肩に乗ったまま、母屋を目指す。
☆☆☆
「あのときはその場の勢いで、なんとかなりそうな気がしたのじゃが……何をしてよいか、わからぬ」
一晩あけて、都はまたむっつりと考え込んでいた。
「とにかく、はじめは相手の動きをよく見ることじゃ。師匠たちもいつもそう言っておる」
そう思って離れまで来たが、いるのは怪我をした天狗だけ。狐は影も形もなく、観察などできたものではない。
「どこじゃ? どこじゃ?」
都が室内をひっかき回していると、誰かの足音がした。
「お? 苦労してんな」
「たけるにーに」
巌そっくりな三千院の長男坊が、水筒片手に立っている。
「飲んどけ。熱中症になるぞ」
「かたじけない」
水筒から冷たいジュースを飲みながら、都は長兄に言った。
「そうじゃ。ちょうどよい、にーにの虫さんを貸してくれ」
ずっと探していても、狐は気配すら見せない。対する都は、お腹もすくしトイレにも行かねばならない。これではあまりに不公平ではないか。
都が熱く語ると、猛はうなずいた。
「やたっ」
「……といっても、虫からの情報を受け取れるのは俺だけだからな。何か動きがあれば教えてやるよ」
猛に向かって、都は礼をする。
「何かお返しをせねばならんの。たけるにーに、肩でももんでしんぜようか」
「肩こりはねえなあ……そうだ、虫にやる青草を一緒にとってくれるか。デバイス使ってもいいぞ」
「うけたまわった」
猛の虫が監視してくれるなら、離れに張り付いている必要はない。都たちは山へ入った。
「ほれっ」
都のデバイスは、切れ味鋭い日本刀だ。ものの十分ほど振り回すと、辺りに青草の山が出来上がる。
「よし、これで足りる」
「何が食べるのじゃ?」
「蝶の幼虫。成体になったら見せてやるよ……おっと」
神虫に何か動きがあったのだろう。猛がわずかに目を細めた。
「ふーん。ふんふん」
猛は一人で面白そうにつぶやく。都が首をひねっていると、猛がかがんで汗をふいてくれた。そしてそのついでのように、さらりと言う。
「毎日、油揚げの皿を持っていくだろう。あれはお前が引き上げてくるのか」
「そうじゃ」
「その日のうちに?」
「食べるのを見終えたらすぐにじゃ。悪くなってしまうからの」
離れにもクーラーがついているのだが、妖怪たちは頑として使わない。よって室内はそこそこの暑さなのだ。
「……食べ物を大事にするのはいいことだ。だがな、一日だけその皿を置きっぱなしにしてみろ」
兄が何を考えているのかさっぱりわからない。都は身をよじった。
「それはヒントか」
「ああ」
「もう一つ」
「あんまり甘やかすなって、ジジイに言われてるんだがな」
「ひとおおつ」
都が食い下がると、長兄はついに折れた。
「明日は、今までとは反対の道からこっそり行ってみろ。正面から見たら、来たのがすぐわかるからな。後は都次第だ」
猛はそこまでいうと、今度こそぴたりと口をつぐんだ。
☆☆☆
理由はさっぱりわからねど、とにかく都はその晩、油揚げの皿を放置して帰った。
そして翌日、都は普段通らない裏道をてくてく辿る。
表の方は立派な玉砂利がしいてあるが、こちらは単純な土道である。当然、足音の大きさが全く違う。今までもそろそろ進んでいたが、それでも足音でばれていたのだろう。
(行った後でなく、行く前に勝負は決まっておる……)
都は一つ賢くなった、と自分で自分をほめる。そして猛に感謝した。
(さて、もう一つ)
皿を下げなかったことが、どんな変化を生むのか。それを自分で確かめるべく、都は木陰に腰をすえた。
しばらくすると、室内に変化があった。机の上にちんまりと置いてあった煙管が、かたかたと揺れ出したのだ。
「お」
大声を出さないよう気をつかいながら、都は全神経を目に集中させる。すると、煙管の中からするりと狐が出てくるのが見えた。
(あんなところに隠れておったのか)
化け物なのだからどこにいても不思議はないが、どういう仕組みなのだろう。都が一人呆れている間にも、狐は机から飛び降りていた。それを目で追っていた都は、次第に息をのむ。
(……ああ、そういうことじゃったか)
狐が油揚げを残していた理由が、急にすとんと飲み込めた。同時に、何故今まで分からなかったのだろうと悔しさもこみあげる。
(これではまだまだ、足軽じゃの)
都は忍び足でその場を離れながら、唇をかんだ。




