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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
511/675

殿様と足軽

「分かるのか、じいじ」

「ちいとばかしのう」

「教えてくれ。ささ、早う」


 みやこはばしばしと祖父の胸板をたたいた。しかし、いわおはあからさまに首をひねる。


「いや、これは都が自分で考えた方がよかろう。なあ?」

「ええー」


 都は全力で声をあげた。分かっているのに教えてくれないなんて、いつもの祖父にあるまじき意地悪だ。


「じいじ。人の嫌がることをしてはいかんといつも言うではないか」

「お、よう覚えておったな」


 巌は白い歯を見せて笑う。


「だがな、これは意地悪ではない。愛のムチじゃ」


 ……何だか、言い方が変わっただけのような気がする。大人って、結構ずるい。


「都が自分でこれに気づけば、一つ賢くなる。じいじはそうなってほしいからこそ、黙っておるのじゃ」


 大きな手で都の拳をなでながら、巌が言う。


「いつまでも足軽や小姓ではつまらんじゃろ。都は殿様になって、悪いやつらをばっさばっさと斬りたいとは思わんか?」

「殿様……」


 都の頭の中に、白馬にのって颯爽と大地をかける自分の姿が浮かんだ。


「うむ」


 やはり殿は格好いい。お付きの者では、なんだか馬もショボそうだ。


「都、殿になるっ」

「よおし、じゃあ今から自分で考えてみるんじゃぞ。わかったらじいじに教えておくれ」


 二人は指切りをする。その時、都の腹がぐうと鳴った。


「何か食べたいのう」

「よおし、台所へ行くか。確か今日は、団子を作ってくれていたはずじゃ」

「だんごっ」


 宿題を出された憂鬱さは、おやつの芳しさで完全に吹き飛んだ。都は巌の肩に乗ったまま、母屋を目指す。



☆☆☆




「あのときはその場の勢いで、なんとかなりそうな気がしたのじゃが……何をしてよいか、わからぬ」


 一晩あけて、都はまたむっつりと考え込んでいた。


「とにかく、はじめは相手の動きをよく見ることじゃ。師匠たちもいつもそう言っておる」


 そう思って離れまで来たが、いるのは怪我をした天狗だけ。狐は影も形もなく、観察などできたものではない。


「どこじゃ? どこじゃ?」


 都が室内をひっかき回していると、誰かの足音がした。


「お? 苦労してんな」

「たけるにーに」


 巌そっくりな三千院の長男坊が、水筒片手に立っている。


「飲んどけ。熱中症になるぞ」

「かたじけない」


 水筒から冷たいジュースを飲みながら、都は長兄に言った。


「そうじゃ。ちょうどよい、にーにの虫さんを貸してくれ」


 ずっと探していても、狐は気配すら見せない。対する都は、お腹もすくしトイレにも行かねばならない。これではあまりに不公平ではないか。


 都が熱く語ると、たけるはうなずいた。


「やたっ」

「……といっても、虫からの情報を受け取れるのは俺だけだからな。何か動きがあれば教えてやるよ」


 猛に向かって、都は礼をする。


「何かお返しをせねばならんの。たけるにーに、肩でももんでしんぜようか」

「肩こりはねえなあ……そうだ、虫にやる青草を一緒にとってくれるか。デバイス使ってもいいぞ」

「うけたまわった」


 猛の虫が監視してくれるなら、離れに張り付いている必要はない。都たちは山へ入った。


「ほれっ」


 都のデバイスは、切れ味鋭い日本刀だ。ものの十分ほど振り回すと、辺りに青草の山が出来上がる。


「よし、これで足りる」

「何が食べるのじゃ?」

「蝶の幼虫。成体になったら見せてやるよ……おっと」


 神虫に何か動きがあったのだろう。猛がわずかに目を細めた。


「ふーん。ふんふん」


 猛は一人で面白そうにつぶやく。都が首をひねっていると、猛がかがんで汗をふいてくれた。そしてそのついでのように、さらりと言う。


「毎日、油揚げの皿を持っていくだろう。あれはお前が引き上げてくるのか」

「そうじゃ」

「その日のうちに?」

「食べるのを見終えたらすぐにじゃ。悪くなってしまうからの」


 離れにもクーラーがついているのだが、妖怪たちは頑として使わない。よって室内はそこそこの暑さなのだ。


「……食べ物を大事にするのはいいことだ。だがな、一日だけその皿を置きっぱなしにしてみろ」


 兄が何を考えているのかさっぱりわからない。都は身をよじった。


「それはヒントか」

「ああ」

「もう一つ」

「あんまり甘やかすなって、ジジイに言われてるんだがな」

「ひとおおつ」


 都が食い下がると、長兄はついに折れた。


「明日は、今までとは反対の道からこっそり行ってみろ。正面から見たら、来たのがすぐわかるからな。後は都次第だ」


 猛はそこまでいうと、今度こそぴたりと口をつぐんだ。



☆☆☆



 理由はさっぱりわからねど、とにかく都はその晩、油揚げの皿を放置して帰った。


 そして翌日、都は普段通らない裏道をてくてく辿る。


 表の方は立派な玉砂利がしいてあるが、こちらは単純な土道である。当然、足音の大きさが全く違う。今までもそろそろ進んでいたが、それでも足音でばれていたのだろう。


(行った後でなく、行く前に勝負は決まっておる……)


 都は一つ賢くなった、と自分で自分をほめる。そして猛に感謝した。


(さて、もう一つ)


 皿を下げなかったことが、どんな変化を生むのか。それを自分で確かめるべく、都は木陰に腰をすえた。


 しばらくすると、室内に変化があった。机の上にちんまりと置いてあった煙管が、かたかたと揺れ出したのだ。


「お」


 大声を出さないよう気をつかいながら、都は全神経を目に集中させる。すると、煙管の中からするりと狐が出てくるのが見えた。


(あんなところに隠れておったのか)


 化け物なのだからどこにいても不思議はないが、どういう仕組みなのだろう。都が一人呆れている間にも、狐は机から飛び降りていた。それを目で追っていた都は、次第に息をのむ。


(……ああ、そういうことじゃったか)


 狐が油揚げを残していた理由が、急にすとんと飲み込めた。同時に、何故今まで分からなかったのだろうと悔しさもこみあげる。


(これではまだまだ、足軽じゃの)


 都は忍び足でその場を離れながら、唇をかんだ。

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