心配は現実に変化する
「どうした、そんなに心配か?」
鬼一はわざとヴィオレットをからかう。いつもならすぐに顔色を変える彼女が、今日は暗い表情のままだった。
「うん」
流石に盛り上がっている一同の前で、水を差すようなことは言わない。しかし、彼女が違和感を抱えていることは明らかだった。他の部隊長たちを下がらせてから、鬼一はヴィオレットを捕まえて聞いてみる。
「俺たちが負けるとでも思っているのか?」
鬼一が言うと、ヴィオレットは目を丸くした。彼女は周囲に誰もいないのを確認してから、こっくりうなずく。
「作戦は聞いていたな?」
「一から十までね。それでも、危ない」
「何がだ」
「天逆毎」
「そんなことは俺だって分かっているさ。後から揚げ足を取られぬよう、重々気をつけている」
「その程度じゃ済まないと思うよ」
なかなか納得しないヴィオレットに、飯綱がため息をついた。
「では、どうなると言うのです」
少しトゲの混じった口調にもめげずに、ヴィオレットは口を開いた。
「全員死ぬよ。特に鬼一たちは、隊を離れたら真っ先に殺される」
「馬鹿馬鹿しい。そんな強硬手段を執れば、反発は必至。天逆毎がいくら強いとて、全ての地を自分だけであしらうことは不可能。そりゃ内心ではゴミの一つくらいにしか思っていないでしょうが、段階を踏まねば今度は自分が困ることになります」
今度こそヴィオレットは黙り込んでしまった。鬼一はじっと考えてみる。理屈で言えば、飯綱の言うことは間違っていない。しかし鬼一の中にある武人の経験が、『ヴィオレットの言うことにも一理ある』と告げていた。
「……わかった。そんなに言うなら、供回りを増やそう。それに、退いてみせる距離も少し短めにする。まるっきり中止にはできんが、これで勘弁してくれ」
鬼一が少し歩み寄る。すると、ヴィオレットは握った拳で、とんと鬼一の胸を突く。
「ありがと」
「やられる前に戻ってくるさ」
「念のために、この子も連れて行って」
ヴィオレットが、いつも一緒にいる小鳥を掌にのせて差し出してきた。不思議な鳥で、必要があれば大きく成長する。彼女の気遣いに感謝して、鬼一はありがたく受け取った。
「そちらは大丈夫か?」
「いざとなったら私が戦うもん」
ヴィオレットは真面目な顔で言う。それがおかしくて、鬼一にいたずら心がわいてきた。まだ自分の体にほど近いところにある彼女の手をつかんで、くるっとひねる。
もちろんかなり手加減はしていたが、ヴィオレットはあっさり一回転して地面に落ちた。
「ふぎゃっ」
腰をさするヴィオレットを見て、飯綱が笑う。
「口は勇ましいですが、相変わらず立ち回りはうまくなりませんねえ」
「くそぅ」
「強くなりたければ、少なくとも腰の肉を落としなさい」
「これは筋肉だもん」
ヴィオレットが真っ赤になったので、鬼一はここら辺でやめておくことにした。
「……とにかく、俺も飯綱も並み以上には鍛えている。それなりに厄介なことになっても切り抜けてみせるから、気楽に構えていてくれ」
ヴィオレットの丸い頭をなでながら、鬼一はそう締めくくった。
☆☆☆
紀伊の海辺。白い岩と岩の間には、大小様々な空洞があいている。上からよほど注意深く見ないと分からないので、隠れ場所にはうってつけだ。
数ある空洞の一つで、風波はじっと待っていた。時々ぴしゃぴしゃと飛沫が自分にかかるのを感じながら、待ち合わせの相手の気配を探し続ける。くたびれて何度か座る位置を変えた時、入り口の方から大きな足音がした。
(やれやれ、やっとおいでなすったか)
散々待たされた愚痴を言いたいが、遥かに格上の相手にそれは許されない。風波は嘆息し、近づいてくる相手のために膝をついた。
「……なに?」
しかし、正面からやってきた相手を見るなり、風波の敬意は吹き飛んだ。やおら立ち上がり、相手をにらむ。それはなんと、日波だった。
「貴様……ちょうどいい、今ここで始末してくれるわっ」
日波は頭に血がのぼっているから、いきなり殴りかかってくる。風波はそれをよけながら、必死に考えを巡らせた。そしてようやく、考えうる中で最悪の結論に辿り着く。何度も否定してみたが、他の答えはなかった。
「死ねい!」
必殺の一撃をたたきこまれる前に、あわてて風波は叫んだ。
「待て、待ってくれ日波! 俺たちははめられたのだ!」
「今更何を抜かす!?」
ほんのわずかな間だけ、日波の動きが止まった。風波はそれを見逃さず、一気に突き飛ばす。日波がよろめいて、どっと後ろに倒れ込んだ。
「お前が今日ここで会うことになっていたのが誰か、当ててやろうか。天逆毎だろう」
日波は合っているとも、違うとも言わなかった。しかし、一瞬不自然にさまよった瞳の動きだけで、風波には十分だった。
(なぜ今まで、奴を疑ってもみなかったのか)
風波は悔しさをこらえきれなかった。
「……俺も、同じ相手と同じ約束をしている。これが一体どういうことか、貴様にも分かるだろう」
今度は日波も、低くうなるだけでやり返してこない。
「俺たちをわざとぶつけ合わせて、領土を根こそぎ奪うつもりだ」
「かといって、今更奴を裏切ってどうなるというのだ。やめたいと言って、素直にはいそうですかとなるか」
風波とて、そこまで自分に都合の良い妄想はしていない。ただひとつ、頼れる相手の顔が浮かぶだけだ。
「鞍馬天狗とこちらはつながっている。味方になってくれれば、他の妖怪たちもこの事態を知るだろう。今はそれしか方法がない」
風波が熱をこめて語ると、日波もそれに同意した。
「よし、では天逆毎が来る前にここを出るぞ」
「残念、さっきからず――っとおりますよ」
枯れた老婆の声が、洞窟内に響き渡った。先日聞いたばかりだ、忘れようもない。風波の全身から、一気に汗が噴き出してきた。




