試合は終わった、勝負はこれから
「これで決まりましたね」
「よほどのことが起きねば、そうなるだろうな」
上座で見守っている鬼一たちはささやきあった。ヴィオレットにも意味がわかるらしく、残りの栄螺鬼を数えながらうなずいている。
「残り六体中、はっきり日波さんに味方してくれそうなやつがいないもんね」
「逆に風波は確実に一体押さえている」
「このようにやられっ放しでは、残りの日和見たちも味方などしますまいよ」
天狗たちがそう結論づけたところで、採決が始まった。思った通り、風波が推した春波が跡取りと決まった。
和やかに笑みを浮かべる風波とは対照的に、日波は怒りで顔を真っ赤にしている。
「……一応は、終わりましたね」
「ああ。序章の終わりというところか」
「ふへー」
ヴィオレットはここぞとばかりに、誰も食べなかった菓子をかき集めてから話に参加してきた。
「この会議が終わった後に、日波さんが何かしてくるかもってこと?」
「当たり。警戒は欠かせない」
「やたー」
「まあ、あの顔を見れば誰でも分かりますけどね」
「飯綱ちゃんはかわいくないねえ」
「脇腹をつつかないでください」
席を立った天狗一行は、栄螺鬼たちの前を横切って石段へ向かう。日波たちはすでに退出してしまっているため、ここにいるのは勝利を喜んでいるものばかりである。
「おお、これはこれは」
風波が、鬼一を見て寄ってきた。
「お見事でした」
「なんの、お力添えのおかげです」
風波は嬉しくて仕方無い様子で、しきりに体を揺する。
「いえいえ。もともと風波様の武勲あってのことでございましょう。そうでなければ、あれほど皆があっさり乗ってこなかったはず」
飯綱が言うと、鬼一もうなずく。天狗たちが中立を装って風波に入れ知恵したのも、その実績を評価してのことだ。
亡き達波の遺児を引っ張り出すことを提案したのも、実は鬼一である。何故そこまで、と言うものもいた。しかし今回の件に天逆毎がからんでいる以上、失敗は即、己の身に跳ね返ってくる。何としてもこの場でまとまってもらわねば、鬼一たちが困るのだ。
「では、私たちはこれで」
ゆっくりしていけ、としつこく引き留める風波をようやく振り切って、鬼一たちは社を出た。夜はすでに深まっていて、動物たちも寝静まっている。
「さて、行くぞ」
「どこへ?」
不思議がるヴィオレットを連れて、鬼一たちはあっちこっちへ見境なく飛ぶ。誰もついてきていないことが確認できてから、鬼一は山中の空き集落に降り立った。
人間と妖怪が戦を始めた時、こういう山里は真っ先に標的となった。田舎の悲しさで救援もすぐには来ず、住民も死に絶えている。それゆえ、妖怪たちは自分たちの便利なようにここを使っていた。
「えー? 誰かと会うの?」
「それは会ってのお楽しみですよ。それよりその菓子、さっさと食べてしまいなさい」
飯綱に言われて、ヴィオレットはそそくさと食べかけの菓子を口につめこんだ。帽子の中の鳥と一緒にもぐもぐやっている。
「みひゅ」
身振り手振りで、ヴィオレットが訴えてくる。全く世話が焼ける、と言いながら飯綱が立ち上がった。
その時、横手から水の入ったひしゃくが出た。ヴィオレットはそれをもらうと、よく確かめもせずぐいぐい飲み干す。そしてあっという間に空になったひしゃくを、闇に向かって突き出した。
しなびた老人の手が闇から出てきて、それを受け取る。徐々に手だけでなく、全身が見えてきた。細身かつ、着物姿の老人。そのまま後ろから見れば、はげ頭のただの人間にしか見えないだろう。
しかし、正面に回ってみると、彼が妖怪であることがよくわかる。額の中央に、大きな目玉が一つあるのだ。
「鬼一、よく来たな。このかわいらしい子は新入りか」
「坊、ご無沙汰しています。はい、彼女は最近異国から来まして」
「やほー」
「こら、失礼な」
ヴィオレットがはしゃいでも、一つ目の坊主は特に気を悪くした様子もなく、にこにこと手を振っている。
「急に呼び出して悪いな」
「なんの。しばらく前から紀伊も騒がしくての。おちおち寝てもおれんわ」
坊主はそう言って、じっと鬼一を見つめる。ああ、とつぶやいてから鬼一は話し出した。
「栄螺鬼の件だがな。予定通り春波が跡取りになった。……だが、日波はあれで素直に引き下がるようなタマじゃない」
「一旦言い出したら聞かんからなあ。必ず後日、武力に訴えようとするじゃろう。お前さんの口利きは忘れてな」
「やはり、そうでしたか。天逆毎が言い出した話だ、そんなことじゃないかと思ってましたよ」
飯綱が肩をすくめた。実は今回の話、受けた時から『絶対に裏がある』と話し合っていたのだ。
鬼一と飯綱が予想した筋書きはこうだ。まず、栄螺鬼のどうでもいい跡継ぎ決めの仲裁を頼む。しかし、その場は収まっても後日必ず戦闘になるだろう。
「その責任を、体よくうちに押しつけて討伐のきっかけを作る……となるのでは、とは言っていたのです」
鬼一が言うと、飯綱がさらに補足する。
「要は、何でもいいからつぶしたいんですよ。栄螺鬼はそのための体のいい言い訳です」
言うことを聞かない天狗族の力を削ぎ、さらに鬼一や飯綱の首を取るきっかけを作る。それまで天逆毎は一切動かないだろう。そのことがかえって気味が悪かった。
「手は打ってあるのか?」
坊主がぎろりと大きな目でこちらをにらむ。
「ああ。風波の方には、日波の監視を強めるよう言い含めてある」
「武将としては風波の方が上ですから、油断さえしなければ大丈夫だとは思いますが……まだ安心はできません」
そこまで聞くと、坊主が鬼一に近づいてきた。
「手回しはしておるようじゃが、それでもなお儂に声をかけたのはなぜじゃ」




