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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
呪いと祝福の霊都
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悪意がなくても罪は罪

「……どうしてそんなことをなさります。帳簿も行状も、調べてくださって構いませんが」

「別に奴らは、金をくすねたり女遊びをしたりせんだろう。そんなもの、あいつらは生まれた時から持っている。奴らはただ、自分が主役になって軍隊ごっこをやりたかっただけだ」


 あおいが言うと、美里みさとがかすかに口角をあげた。


「一人前の軍人をつかまえて、子供に言うような口ぶりですね」

「実際そうだろうが。気の合う、自分の好きな面子だけで固まって、やりたいように戦争ごっこがしたかった。努力はしないで、華々しい勲章が欲しかった。ただそれだけなのが、本当にタチが悪い」


 そこで言葉を切って、葵は後ろの九丞くじょうを見た。老番頭はうなずいて、何枚もの資料を机の上に広げていく。葵はそれを、美里の前へ押しやった。


「見なくて、いいんですか?」


 美里が頭をもたげたが、葵は聞き流した。内容は、すでに頭に全て入っている。


「俺はいいから、読め。ここ一年で本部が出した指示と、実際にふじ三佐が動いた結果の突き合わせだ。やつら悪気がないから、隠蔽工作も雑だな」


 葵は腕を組んだ。


「まず始めに、五月六日。軍本部が、正式に『鞍馬に近づくな』という命令を出した。下手に天狗の森を荒らせば、鬼一法眼きいちほうげんが本気を出してくるからな」


 ところが、と言葉を切って、葵は水を口にした。


「翌日の京都支部の動きはこうだ。鞍馬山に通じる川に、大量の土砂を流した。明らかな挑発行為だな」


 ごくごくと、わざと音をたてて葵は水を飲む。


「子供っぽい手だが、水はどの生き物にとっても命綱だ。さぞかし天狗は怒っただろうよ」


 美里の顔色が変わった。


「その後も領域侵入は止まらず、川に踏み入り山の木を切り、何度も挑発行動を重ねて、今日に至るわけだ。しらばっくれても、もう遅いぞ」


 葵は書類をまとめて、九丞に返した。それを受け取った九丞が、口を開く。


「しかし坊ちゃま、この老爺に一つ教えていただけますか。彼らは何故、そんなことをいたしたのでしょうか」

「相手が穏健派なのをいいことに、大天狗を舐めくさっていたからに決まっている。『あれは過去の遺物、出てきても勝てる』とな。そんな馬鹿についていったら、軍には誰も残るまい」


 言葉にしながら、葵は心の中で笑った。九丞は、今言ったようなことはとっくにわかっている。ただ、美里に辛辣な言葉を聞かせるためにあえて聞いたのだ。


 葵は九丞に向かって軽くうなずいてから、再び美里に向き直った。


「外堀はすでに埋まっている。が、側でいろいろ見聞きしてきた美里准尉の証言があればさらによい」

「……私に告発に手を貸せ、と言いたいのですね」

「まあそういうことだ。そのほうがなかなか得だぞ」


 藤の行為を黙って見逃していた時点で、美里は不利な立場に立っている。交渉は願ってもない機会のはずだった。しかし、美里は難しい顔をしている。


 彼女が大事にしているものは、士官の身分ではないようだ。だとしたら、こいつを迷わせているものは一体何なのだろう。


 沈黙が流れた。葵は頭の中で、彼女の基本データを再度確認する。


 美里翔子みさと しょうこ、現在二十七歳で准尉。


 性格はよく言えば真面目、悪く言えば融通がきかない。ゆえに金銭では動かないと推測される。男関係も皆無。


 父は二佐まで出世したが、三年前に戦死。藤三佐とは配属当初からの付き合いがあり、彼のワガママのほとんどを自分一人で受け止めていた。


 ここまで考えて、葵は顔を上げる。


「お父上は早く逝きすぎたな」

「……急にどうしたんですか?」

「うちの姉貴のように、人の前に立つのが好きで好きで仕方ないのもいるが、大体の人間には若すぎる当主というのは重い荷だ。毎日毎日父の残した道筋をたどり、昨日と同じ流れを保つようにつとめる。それがどんなにばかげた道になりはてようとも、自分さえ我慢すればと歯を食いしばる。そうやって今まで生きてきたのがお前だ。違うか」

「そうです。私はまだ未熟者です。だからこそ、誰になんと言われようが、自分の仕事をするまでです。それを馬鹿とおっしゃりたいなら、いくらでもお言いなさい。なんなら自分で認めましょう。私は馬鹿です。これで満足ですか?」


 美里はきつい目で、葵を見てくる。間違いない、これで落とせる。そう確信した葵は、彼女を見すえた。


「馬鹿? 自分に酔うのも大概にしろ。そんなかわいいものであるはずがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 葵は暴言を三連発で投げつけた。どれも、真面目で人に必要とされることがうれしいタイプにとっては、この上なく耳障りなはずだ。


 幸い美里は未熟で、そこまで感情のコントロールがうまくない。きっとここから、ぼろを出すはずだ。


「……なぜあなたはそんなことを言うのですか!?」


 案の定、美里は椅子を蹴って立ち上がった。葵はそれを、冷ややかな目で見る。


「自覚のない人殺しは腹が立つ。自覚がある人殺しとしてはな」

「私ももちろん、人の命を奪ったことはあります。忘れたわけではありません」

「今回、藤が引っ張り回して死なせた軍人はどうだ。作戦の負けっぷりは伝説だ、富永とみながにも並ぶぞ。お前が藤を甘やかした結果がこれだ。今まで考えもしなかったのか?」

「それは」

「自分が間接的に手を下していながら、数には入らんと。やはりお前の思考は、自分に都合が良いことしか見ない。お前はただ、自分がかわいい。自分だけが大事だった」

「違います! 作戦は、作戦です。負けたからといって、そこまで言うことはないではありませんか!」


 美里が拳を握り、机を叩いた。グラスが揺れて、水がこぼれる。


「……一度、うちに連絡してきたな。資財が足りんと。しかし、藤がダメだと言うと、即座に態度をひるがえした。なぜだ?」


 葵が聞くと、美里が肩を強ばらせた。


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