うらみ貫き通したり
「……今後のことを考えるなら、生き残りだけでも退かせるべきなんやが」
「提案されます? 藤もあなたの言うことなら聞くかもしれません」
部下が言ったが、本気でないことは表情からわかる。上田は彼に向かって、舌を出してやった。
「馬鹿言え。藤がこつこつ、三千院の目をかいくぐってかき集めた努力の結晶を失う。一番楽しいとこやないか」
「失礼しました」
「向こうは、うちが困っとる時に助けもせんかった」
上田は腕組みをしながら、昔を思い出す。
まだ父の代のことだが、上田家は事業が失敗してにっちもさっちもいかなくなっていた。そのときに一番情け容赦ない言葉を吐いたのが、藤の祖父だ。
『何や、必死になってみっともない』
土下座する父に向かって、その台詞。かなり前のことであっても、同行していた上田は覚えている。
上等だ。何年かかっても貴様らからその余裕をはぎ取ってやる。その思いだけが、上田をここまで出世させたと言っても過言ではない。軍令違反をしたとしても、目的の遂行になんの揺らぎもなかった。生き残る手はずは考えてある。
「……上田様。敵が動き出すようですよ」
ぼんやりと過去に思いをはせていた上田を、部下の声が現実に引き戻した。モニターを見ると、ひどく小柄な少年がうつっている。しかし、彼が人間でないことはすぐわかった。
少年の右手には、身長の三倍はある大斧が握られている。人なら、大人でもあんなものは持ち上げられない。
上田が感心していると、少年が動いた。彼は、ちょっと散歩しているだけのような、気負いのない顔をしている。それでも、向かっていったデバイス使い二人が、一瞬で肉塊と化した。斬られたのではなく、斧の平面で叩き潰されたのだ。
「怪力ですね。鬼の一族かな」
部下が感心してつぶやいた。
「ここは京だし、酒呑童子かもしれんな。もしそうなら、どうあがいてもBクラスでは太刀打ちできん。絶望的、とはまさにこのことや」
上田が言うと、部下が同意する。
「本当に酒呑の可能性がありますよ。鵺が奴に動きを合わせ始めました。あの大妖が雑魚にはそんなこと、しませんからね」
部下が指さす先に、猿の顔をした大きな獣が映っていた。少年の横で、まだ動けるデバイス使いをむしゃむしゃ食っている。少年はちょっと面白くなさそうな顔をしたが、すぐに気を取り直したらしい。死んだ隊員たちの体を、しきりに触っている。
「何をしているんでしょう?」
「デバイスを探しとるんやろ。奪っとけば、その分人間の戦力が落ちるからな」
上田が分析しているうちに、少年はあらかたの人間たちを探り終えていた。それから、鵺と顔をつきあわせて話し出す。
「おや、もう終わりですか」
部下が声をあげた。
「単に飽きたのかもしれん」
上田は笑いながら、画面を見つめた。少年の口の動きが、よく見える。
「準備しとけ」
ぱくぱくと、何度か動いた少年の口。そこから、上田は戦の最終段階が近いことを悟った。
「最後の一波がきたら、動く」
「最後……?」
「あの少年が『もういいよ』と言うとった。とどめが来る」
上田が言うと、室内に沈黙がたちこめた。部下がモニタに向かって、身を乗り出す。今まで沈黙していた平の兵士たちも、動き出した。うかつな誰かの体がテーブルに当たり、食器が派手な音を立てる。終わりは、それと同時にやってきた。
今まで大人しく一列に並んでいた土蜘蛛たちが、そろって走り出す。
土蜘蛛たちは大きさも重量も、大型トラックを遥かに上回る。それが土煙をあげて突進してくれば、人間などひとたまりもない。
囚われのデバイス使いは避けることすらできなかった。あっという間に、野に彼らの肉片が散らばる。
「……頃合いや。撤退し。うちの隊だけ無傷に近い、いうことはできるだけ隠せよ」
「はい。せいぜい盛大に、被害を盛っておきましょう。しかし、他の隊が撤退に応じますかね?」
「藤は儂が言いくるめるわ。虎松と五十谷は、昨日の時点でかなりうんざりしとった。うちが崩れたとわかれば、便乗してくるやろ」
部下の心配にとりあわず、上田は腰を伸ばす。
「では、準備に入ります」
うやうやしく礼をしながら、部下が部屋から出て行く。上田はもはや『してやったり』という思いを抑えきれず、一人部屋の中で笑い続けた。
☆☆☆
戦は、妖怪側の勝利で終わった。もはや、自分が暴れる機会もないだろう。鵺が鞍馬を後にしようとした時、後ろから声をかけられた。
「乗せてって」
月影だった。鵺はため息をつく。戦が終わってしまえば、鬼一が死ぬのは不自然だ。となると鞍馬に用はないし、鵺は単独行動の方が好きだ。だから他の妖怪に何か言われる前に、鵺は勝手に山を降りてきたのだ。
それなのに、目の前にはにこにこ笑う月影がいる。
「やなこったい。野郎はすぐあたしの毛を抜いちまう。ろくなことがない」
「僕は大人しくしてるよ」
そう言いながら、月影はさっさと鵺の背中に飛び乗った。鵺の高度が、一気にがくんと落ちた。
「あれ? もっと上がんないの」
とぼけたことを言う月影に向かって、鵺はつい声を荒げた。
「そんなでかい斧、持って乗るからだよッ。飛んでるだけでもたいしたもんだと思いな」
「え、そう? これ、そんな重くないよ。鵺、もうそろそろ死ぬんじゃない?」
月影の暴言を聞いて、鵺の毛が逆立った。ありったけの力を振り絞り、ジグザグに動いたり、回転を加えたりしてみる。これには流石の月影も、悲鳴をあげた。




