牙をむく魔性
「……藤くんはさすがに頼もしいなあ。いや、今までの陣とは雰囲気がすっかり変わったわ」
「恐れ入ります」
「結構結構、明日は大逆転が待っとるやろう。して、どう攻める?」
さすが大狸、場が崩壊する前にとっとと話題を切り替えた。藤もさんざん借りがある上田には何も言えない。虎松は助かった、と思ってしまい、次の瞬間にそれを悔しがった。
「明日には、相手はすでに防御を固めてしまっているでしょう。迅速にどこか一カ所を突破するしかありません」
「中央からいくか?」
「無論。偵察隊が見たところ、山の周りに大量の土砂を捨てた様子がありません」
堀を作れば、当然土が余ってゴミとなる。つまり、相手の陣地に新たな堀はないと藤は考えているのだ。
虎松は「そんなに単純なものか」と思ったが、口には出さなかった。ちょっとは藤も痛い目をみればいいのだ。
「一重の堀くらいなら、六千の兵で攻めればすぐでしょう。相手の懐に入り込んでやります」
「編成は?」
「デバイス使い千と十一、歩兵は五千。戦車は百五十台、無反動砲も五百を越えます」
「うちの連隊とは桁が違うな。頼もしい」
上田が笑うと、活気を失っていた本部が少し明るくなった。藤が来た意味も、少しはあったのかもしれない。しかし、安堵する以上に虎松は不安だった。
落ちる直前の、一際明るい線香花火。
ふと頭に浮かんだイメージを振り払うように、虎松は固く目を閉じた。
☆☆☆
「よーし、そっちにまとめて刺せ。隙間を作るなよ」
「親分親分、こっちもお願いしやす」
「任せとけい」
人間たちと違って、妖怪たちにとっては夜こそが活動期である。陣地にいる全員が、元気いっぱいに動き回っていた。
もちろん防衛の中心を担う天狗たちが一番張り切っており、あちらこちらに顔を出している。彼らからは報告がひっきりなしに入っており、飯綱の元には下手な字で書かれた書き付けが積み上がっていた。飯綱の管狐が、主の周りの紙を必死により分けていた。
「少し控えめにさせないと、お前が埋もれてしまいそうだな」
鬼一がそう言って笑う。飯綱は顔を上げた。
「半分は若からですが」
「……張り切っているなあ、あいつ。飯綱、あれに何か言ったのか」
「いえ、別に。才がない分、やる気があるのはよいことでしょう」
「はっきり言うな」
飯綱の言いように、鬼一が苦笑した。飯綱は気にした様子もなく、こきこきと首を鳴らす。
「あなたも現場を見に行かれてはどうですか。部下の士気も違ってくる」
それもそうだな、と鬼一はうなずいた。鬼一が歩き出すと、飯綱も一緒についてくる。
「お前も来るか」
「単独行動はまずいでしょう。ちょうど書類にも飽きてきたところです」
管狐に書類の管理を任せ、鬼一たちは上空へ飛ぶ。上から、陣の全体を見て回った。心配していたほど作業の進みは遅くない。人間たちに侵入された形跡もない。とりあえずは一安心だった。
気がゆるんだ鬼一と飯綱は、久しぶりに軽口をたたきあう。
「こちらの気候には慣れたか」
「私はね。管狐たちはまだ落ち着かないですが、いずれ慣れるでしょう」
「……お前もずいぶん図太くなったものだ。若い頃など、先代の目の前で緊張して転んでおったのに」
「おや、そういうことをおっしゃる。あなたには、もらったはいいが、恋文の返事の書き方がわからぬ、と何度泣きつかれたかわかりません」
「女の風呂を覗きに行って、逆に袋叩きにされていたお前よりましだろうが」
「奇抜なことがいいことだと思い込んで、白い羽を黄色に染めてたあなたもたいがいですよ。陰で『ひよこ』と呼ばれていたのをご存じないのですか」
お互い、過去の情けない過去をさらし合って、いつもの憂さを晴らす。付き合いが古いからこそ、できることだった。
本当はもっと話していたかったのだが、誰かがやってくる気配を感じて鬼一は口をつぐんだ。
「見回りごくろうさーん」
「もののけのくせに、よく働くねえ」
今最も怖い敵である、鵺と月影が横手から顔を出した。今日さんざん暴れ回ったのだから寝ていればいいものを、と飯綱の顔に書いてある。
なぜここで会ってしまう、と内心で盛大に嫌がりつつも、鬼一は世辞を言うことにした。
「お二方こそ、今日は大手柄だったとお聞きしております」
「殺した数が多いだけさ。正直相手が弱すぎて、物足りなかった」
鵺が鼻を鳴らす。鬼一はちらっと鵺の前足を見た。彼女の爪の間には、まだ殺した人間の血がこびりついている。
「デバイス使いも来ていたと聞きましたが」
鬼一が聞くと、月影が顔をしかめた。
「いいのはきてないよ。予想はしてたけど、実際しょぼいとつまんないなあ。鵺はまだ楽しんでる方じゃない?」
「なにがだい。あたしの相手なんてね、髪切ったら弱くなるような訳のわかんない男だったんだよ」
「今日はそうだろうけど、全体的に見たらってことだよ。ほらこの前、三千院のやたら強いジジイとやり合ったんでしょ? 僕、まだそんな強いの当たったことないよ」
「……よしとくれ。思い出したくもないわ」
いつも飄々(ひょうひょう)としている鵺が、珍しく顔をしかめる。よほど爺さんの思い出が強烈なのだろう。鬼一も一度、目撃したのでよくわかる。遠目に見ただけだが、かなりの使い手だった。あの時、よく無傷で帰ってきたものだ、としみじみ思う。
「あ、負けたんだったか。いいじゃん、今生きてるんだから。前の作戦じゃ胡蝶もいいのと当たったみたいだしさ、悔しいな」
そこまで言って、月影の目がふいに狂気を帯びた。
「ねえ、天狗さま。ちょっと手合わせしてくれないかなあ? どうせ今、暇なんでしょ」




